汎用部品で作る!100V系10W自作ハイインピーダンスアンプ


本ページの製作は、市販のハイインピ―ダンスアンプを分解して調べたDEPP構成の回路を先生として進めていきます。
合わせてご覧ください。

ハイインピーダンスアンプの回路調査
https://www.hmcircuit.jp/high_imp_audio/high_imp_amp_circuit.html


位相補償関係の定数が決め切れていないため、とりあえず鳴る暫定版で公開しています。
定数やデータは今後のアップデートで変更する場合があります。

0 はじめに

教室のスピーカー、地元のショッピングセンターで流れていたBGM・・・
思い出のサウンドというのは放送設備用スピーカーとともにあることが多いです。
懐かしのハイインピーダンススピーカー。
ヤフオクなどで入手可能でが、 スピーカーユニットとマッチングトランスが組み合わされ、入力インピーダンスは数百Ω~数キロΩとなっています
通常のオーディオアンプと異なり、定格出力時の出力電圧が100V(旧式は70V)となる「ハイインピーダンスアンプ」が使用されます。

トランスを外してローインピーダンス接続に改造してしまえば家庭用アンプで鳴りますが、トランス結合が作り出す「ハイインピーダンススピーカーらしい」エモい音は再現できません。

ハイインピーダンスアンプもヤフオクで入手できますが、電子工作をしていると自作アンプで鳴らしてみたくなります。
ステイホーム期間を利用し、いつかはやりたいと思っていたハイインピーダンスアンプの自作に挑戦してみました。

自作しようと思うとネックになるのが出力トランス。
既成のハイインピーダンスアンプは特注トランスが使われています。
トランスを設計して巻いて・・・となると大変ですから、入手性の良い汎用電源トランスを出力トランスとして使って製作してみました。
電源が取れない公園等でのイベント用簡易PAとしてもお使いいただけるよう、カーバッテリーや太陽電池での動作も想定した構成としてみました。

当サイトご利用上のご注意

全回路図

今回製作した回路の全回路図です。
本サイトでは、この回路をどのように作っていったかを説明いたします。
自作ハイインピーダンスアンプ全回路図_ver0.9

1 製作する仕様

まずは作る仕様を決めます。

電源と出力

今回は、以下の条件にしました。

・電源:DC12V 単電源 (ただし出力制限搭載し22Vまで可)
・出力:100V系 10W

DC12Vにした理由は、ジャンクACアダプタが豊富にあって入手性が良いこと、また鉛蓄電池でも動かせるため地域の屋外イベントといった場面で実運用することもできそうと考えたためです。
電源電圧が高い場合にスピーカーやトランスを焼かないよう、適切に出力を制限し、22Vまで問題なく動作するようにします。
クルマのシガーソケットはオルタネーターが回っていれば約14.5Vまで上がりますし、アウトドア用の18V系ソーラーパネルは解放電圧22V程度であることが多いためです。

出力10Wは、家庭や仮設で使うのに適した出力帯としました。
簡易アンプと呼ばれる小型のハイインピーダンスアンプ相当の出力となります。

全段オールディスクリート構成

回路は汎用部品で作ることを重視しています。
電子部品入手時の互換性が高い全段オールディスクリートとしました。
パワー部は定格内なら何でもOK、小信号部は汎用小信号トランジスタなら何でもOKという回路が理想です。

回路構成はDEPP

次に回路構成を決めていきますが、今回はDEPP方式を採用しました。

回路方式の候補として単純なSEPP・SEPPのブリッジ接続・DEPPの中から、ロー側電流が少ない、回路が単純、部品点数が少ないという観点で比較して決めました。
電流が少なければ取り回しの良い細い配線を使うことができますし、多少損失があっても簡単な回路方式を採用できます。
回路が単純で部品点数が少なければ組み立て・調整も楽です。

SEPP


まずSEPPで作る場合を考えます。
SEPP
電源電圧を12Vとしますから、SEPPの出力電圧は電源電圧の半分である6Vを中心として振れます。
つまりレール・ツー・レールできてもロー側の振幅は6Vとなります。
よってハイ側で100Vrms(=振幅141V)得るためには、トランスで23.5倍に昇圧する必要があるとわかります。

次に出力10Wとしますから、ハイ側は最低1kΩが接続されます。
巻数比23.5のトランスのハイ側に1kΩの負荷を接続すると、ロー側からは1.81Ωに見えます。
つまり、2Ω負荷に対応したローインピーダンスアンプを作るようなものです。
ロー側のピーク電流は 6/1.81 = 3.3A に達し、ドライバ段にピーク時の駆動力が大きい能動負荷やブートストラップを使ったり、初段に安定性の良い差動増幅を使ったりと、かなりの回路規模になることが想像されます。

また、6Vを中心に出力が振れることから、大きな出力カップリングコンデンサも必要です。

SEPPブリッジ接続


次にSEPPをブリッジ接続にして振幅を大きくし、電流を減らすことを考えます。
SEPPブリッジ
ブリッジ接続は、2つのSEPP回路を用意して、負荷の両端をそれぞれ逆位相の信号を出力するSEPP回路で駆動する方式です。
ローインピーダンスアンプの世界では"BTL"や「バランス」とも呼ばれます
片方がグランドの接続されたシングルのSEPPに対し、電源電圧を上げずに2倍の振幅が得られるようになるため、低い電圧で大きな出力を得られます。アナログアンプ時代のカーオーディオで多用されていました。

振幅が倍になるため巻数比は半分で済むようになります。トランスのインピーダンス変換日は巻数比の二乗で効いてきますから、ハイ側に1kΩ接続時のロー側から見たインピーダンスは一気に7.2Ωまで上がります。
ピーク電流は、12/7.2 = 1.7Aとなります。
このくらいの抵抗値でしたら、4~8Ωの普通のローインピーダンスを作るのと同じで、抵抗バイアスの簡単な回路でも動かせそうです。

それでも、2つのSEPPを逆位相で駆動するための位相反転回路が必要になります。
位相反転回路は、センタタップ付きのトランスを使えば簡単に済ませられますが、SEPP2組で回路規模はローインピーダンスステレオアンプを作る相当になります。
また、両SEPP回路の無信号時直流電圧がぴったり合っていないとトランスに直流電流が流れるため、保護回路を入れるなりフィードバック回路を入れるなりの工夫も必要になります。

DEPP


続いてDEPPで組む場合を考えます。
DEPP
DEPPは、センタタップ付きのトランスを使ってプッシュ用巻線・プル用巻線を分けることで、2つのパワートランジスタでSEPPブリッジ相当の12Vの振幅をロー側に印加することができます。

それぞれの巻き線には半端整流したような電流が流れており、トランスで合成することで元のきれいな波形に戻ります.
※オシロスコープでエミッタ電圧を見ると綺麗な波形が見えますが、図中グレーで示した半サイクルは逆側巻き線から誘導された波形が見えているだけであり、トランジスタは休んでいます。

また、DEPP回路はカップリングコンデンサは不要ですし、DEPP出力段と前段とはドライバトランスによる交流結合となるため直流関係の回路も単純で済みいます。
さらに、ドライバトランスで昇圧できますから、ブートストラップも能動負荷も使うことなく出力段のベース電圧を電源電圧以上までドライブすることも容易です。
まとめ
まとめると、DEPP回路は2つのパワートランジスタでロー側電流は少なくて済む、いわばSEPPとSEPPブリッジ接続の良いとこどりのような位置づけです。

ローインピーダンスアンプの自作では、出力トランスなしで済むSEPP回路がOTL(Output Trans Less)と呼ばれて重宝され、場所をとる出力トランスが必要となるDEPP回路は今ではほとんど使われることはありません。
しかし、ハイインピーダンスアンプを作る場合、出力を100Vへ昇圧するためのトランスが必須です。
どうせトランスを使うならば、一番回路が簡単で済むDEPPで組むのがよさそうと考えました。

そしてSEPP回路にはもう一つ大きな問題があります。それは、せっかくハイインピーダンスアンプを自作するのに、オーディオ用自作アンプと回路構成が同じで電子工作題材としてちっとも面白くないという問題です。
DEPPもトランジスタラジオの製作で使われますが、ローインピーダンスアンプ用のDEPPはエミッタ接地です。一方、ハイインピーダンスアンプのDEPPはエミッタフォロワです。
DEPPならば「エミッタフォロワのDEPP」というハイインピーダンスアンプならではの回路構成となり、題材として面白いです。

以上から、DEPP回路で製作することに決めました。

2 出力トランス選定

ハイインピーダンスアンプを自作しようとすると出力トランスの入手がネックになってきます。
前半でいくつかのハイインピーダンスを分解し、回路としては「一般的な電力増幅回路+出力トランス」になっていることが分かりましたが、 出力トランスは独自設計のスペシャル品が使われていました。
ハイインピーダンス/ローインピーダンス変換のマッチングトランスは市販品もありますが、種類が豊富ではありません。

そこで、商用電源用の汎用トランスを流用することにします。
ハイインピーダンスシステムの定格電圧は100Vrmsであり、電源用トランスがぴったりです。
周波数も50Hz/60Hz用ですから、オーディオ帯域です
容量の種類についても、電源トランスならば数Wクラス~100Wを超えるクラスまで選び放題です。

アンプの仕様からトランスを選定

3-1で決めた以下の使用から、トランスを選定してきます。
トランスの選定はミスると燃えるため、電卓をたたきながら進めていきます。

・電源:DC12V 単電源
・出力:100V系 10W
・構成:DEPP

1 低圧側電圧を考える


DEPP構成とすることことから、まず低圧側はセンタータップ付きである必要があります。
次にDC12V電源でDEPP回路を組んだ際に得られる最大振幅は、センタータップに対して片側12Vです。
ドライバトランスのおかげで出力トランジスタのベース電位をVccより高くでき、Vce(sat)が十分小さいとすればエミッタ電位を電源電圧付近までフルスイングできるためです。
12Vを実効値に直すと 12/√2 = 8.5Vrms となります。
よって高圧側で100Vを得るためには、巻き数比は
100/8.5 = 11.8 必要です。

ここで、現実の回路でには各種の損失が存在するため、巻き数比11.8のトランスで作っても負荷接続時に100Vrmsの定格出力は得ることはできません。
負荷接続状態で100Vrmsを取出すためには損失を見込んで余裕を持たせておく、つまり巻き数比を11.8より大きくしておく必要があります。
余裕が必要な理由
ハイインピーダンスアンプには、負荷RLによらず定格100Vrmsを出力することが求められます。
負荷RLは無負荷(全スピーカーOFF)~定格負荷まで、スピーカースイッチ一つでコロコロ変わります。

アンプの出力インピーダンスRoutが0Ωの理想アンプならば負荷RLによらず出力電圧は100Vms一定になります。
しかし、現実のアンプでは出力インピーダンスRoutは0Ωにはなりません。
例えばトランスの巻き線抵抗がRoutの一因です。
よって、現実のアンプでは負荷RLが重くなればなるほど出力電流が増えてRoutの電圧降下は大きくなり、出力電圧は下がっていきます。

そこで現実のアンプでは、NFBで出力電圧を監視して補正することで、負荷RLによらず負荷に印加する電圧を100Vrms一定に保てるようにして使います。

ここでアンプの出力電圧に全く余裕がなく、無負荷時100Vrmsしか出せないアンプだったとするとどうなるか考えてみます。
負荷RLを増やすとRoutの電圧降下も増えて出力電圧が下がっていきますから、NFBが補正しようと頑張ります。
しかしRoutによる電圧降下を補えるだけの出力電圧を出せませんから、いくらNFBが頑張ったところで波形がクリップしてしまい、負荷に100Vrmsを印加することはできません。
一方、最大出力電圧(上図で言うアンプ ”A”の最大出力電圧)に余裕があれば、NFBでRoutの電圧降下を補って負荷RLに100Vrmsを印加することができます。

それではどの程度の余裕を持たせるのかという話ですが、余裕が大きすぎても負荷が軽い際にスピーカーが過大入力になってしまいます。
今回は、市販アンプを先生にして決めました。
WA-712のメーター
調査編で見てきた市販アンプ PANA AMP 15では、電圧と巻き数比から計算すると+1.9dBの余裕を持っていました。
別の市販アンプでも見てみます。
レベルメーター付きのNational WA-721では、+3dBまで目盛があります。
3W負荷・内蔵ラジオチューナーにてFMを受信し音量を上げていくと、+3dB手前くらいまでは音が割れません。

以上から、余裕は+3dBを目安として考えることにしました。
3dBは√2倍ですから、低圧側8.5Vrmsに対して+3dBの余裕を持たせるのに必要な巻き数比は
100√2Vrms / 8.5Vrms = 16.7
高圧側が100Vのトランスに当てはめてみると
100V / 16.7 = 5.99V
となります。

入手性のよい電源トランスとしては、以下が使えそうです。

±6V (0V,6V(CT),12V) : 100V
±12V (0V,12V(CT),24V) : 200V


ここでどちらを選択するかという問題が出てきますが、12V:200Vトランスは6V:100Vトランスに比べて高価なため、できれば6V:100Vのトランスを使いたいです。
例えばTOYODENの3Aトランスで比較してみると、2021/2月時点のマルツ通販価格は以下です。

± 6V:100V HT123 1800円
±12V:200V 2H243 3150円

低圧側が最大8.5Vrmsあるため、50Hzでは6V:100Vトランスはオーバーしてしまい使えません。
では、50Hzより高い音声帯域ならばどうでしょうか?
磁気飽和の点で計算してみます。
同じ電圧ならば周波数が低いほど磁束が大きくなり、やがてコアが磁気飽和します。
コアが磁気飽和すると大電流が流れて発熱し、危険です。
つまり周波数が低いほど、磁気飽和せずに使える電圧は低くなります。
逆に周波数が高ければ磁束は小さくなりますから、高い電圧まで使えるようになります。
スイッチングACアダプタが同容量のトランス式アダプタより小型・軽量なのは、高周波スイッチングすることで商用電源よりトランスが小さく済むためです。

そこで、8.5Vrms印加時に定格電圧・50Hz印加時と同じ磁束になる周波数を求め、音声出力トランスとして使えそうか考えます。
判断の目安としては、一般的な6弦エレキギターの最低周波数 82.4Hz としました。

なお数式や考え方は、こちらのトランスメーカーのサイトにドンピシャな内容があったため、電磁気の式からスタートはせずに資料中の式を使わせていただきました。 磁気飽和の計算
6V:100Vトランスを8.5Vrmsで使う場合、50Hz用に設計されているトランスは71Hzまでしか使えなくなります。
それでも目安としている「82.4Hz以下」は満足しており、音声出力用ならば使えそうです。
ただし、エレキベースの最低周波数 41.2Hz より高いですから、HPFをかけてあげないと普通に音楽を聴くだけで磁気飽和する恐れがあります。

一方、12V:200Vトランスを使う場合は、余裕がある方向に行きますから、50Hzトランスは35Hzまで使えるようになります。
ただし磁気飽和だけの観点で見た話であり、35Hzをハイ側に伝送できるかどうかはまた別の問題ですが(^^;

以上から、入手性が良く安価な±6V:100Vのトランスを使うことにしました。

※ ±12V:200Vトランス(2H-243)については、低域が心地よいレトロな壁掛スピーカー WS-100 駆動用にコスト無視で低音に全振りする「3-7章 低域特性の改善」で扱います。
※ 音楽鑑賞を目的に製作される場合は、2H-243推奨です。HT-123での製作はアナウンスやBGM用途を想定しており、電源が非力だと耳が痛くなるような歪み方をします。

2 電流を考える


電圧を決めたら次に電流を考えます。
電流容量が足らないトランスを使用すると、巻き線が燃える危険があります。
マージンを持たせる関係上、巻き線の許容電流で考える必要があり、「10W出力だから10VA以上のトランスで」とはならないため注意が必要です。

トランスのカタログは低圧側の電圧・電流スペックで書かれていますから、トランスを探す際には低圧側電流の情報が必要です。
そこで、まずはロー側で考ええます。
代用電源トランスの電流選定
まず最低限必要な容量を知るため、無損失の理想状態かつハイ側がサイン波100Vrms定格出力となっている場合の電流を考えます。
1kΩ負荷に100Vrms印加すれば0.1Arms流れますから、ロー側電流は巻き数比から1.7Armsと分かります。
※ロー側12V・10Wから 10/12 = 1.7Arms と考えることもできます。
よって、理想状態での最低ラインは1.7Aと分かります。

次に出力電圧に余裕を持たせていますから、100Vrmsを超えて余裕いっぱいまでフルスイングする場合も考えておく必要があります。
電源電圧が12Vですから、ロー側が電源電圧までフルイングした場合、ピーク電流は
12Vpeak / 3.6Ω = 3.3Apeakとなります。信号をサイン波として実効値に直すとロー側巻き線の電流容量は最低2.4A必要と分かりました。

以上は理想状態で考えてきましたが、ここからさらにさまざまな損失が発生するため、2.4Aよりも余裕を持ったトランスを選定しておく必要があります

DEPP回路は巻き線の半分が交互に休んで半サイクルずつ動作します。
これは、電源トランスを"正しく"使う場合におけるセンタータップ式整流回路の動作を逆にしたものと言えます。
トランスメーカーのサイトを見ると ということで、負荷を駆動するのに必要な電流に対し+10%~20%程度の余裕を持たせる必要がありそうです。

前提として電源トランスは逆向きに使う想定になっておらず、今回のアンプのように逆向きに使う場合、低ターン数の太い巻き線に低音域を突っ込む際の損失は無視できない大きさとなってきます。
そこで余裕を見て+20%で見積もることにしました。
2.4Aに対し+20%は2.88Aとなります。
入手性の良いラインナップの中から満足する物を選ぶと、 電流容量3A のトランスが使えそうです。

次に、ハイ側電流を確認します。
マージンを持たせてもハイ側巻き線が燃えないか確認します。
電流を検討する
高圧側の許容電流はカタログに書かれていませんので、1~3の順に電力の式を使って逆算しました。

1. ロー側電流の検討で3Aを使うと決めましたから、3Aと仮定します。

2. 電圧の検討で巻き数比は12V:100Vを使うと決めました。
よってトランス容量は 12V × 3A = 36VA です。
いくつかタップがある場合は、一番高いタップの電圧で計算します。

3. 2で求めた容量から高圧側巻き線の許容電流を逆算します。
今回は100Vの巻き線を使いますから、
36VA / 100V = 0.36Arms と分かりました。
選ぶトランスによってはいくつかタップが付いていますが、コストダウンで100V-110V間巻き線が細くなっている場合があるため,110Vタップでも0.36Aが取れるかどうかは機種によるため要注意です。
使う電圧のタップで 容量/電圧 を計算するのが好ましいです。

ハイ側許容電流が分かりましたから、マージン最大時にオーバーしないか確認します。

ロー側最大電圧 12Vpeak / √2 = 8.5Vrms
巻き数比 6V : 100V より、ハイ側最大電圧は 142Vrms です。
最大負荷が1kΩですからハイ側最大電流は
142Vrms / 1kΩ = 0.142Arms となります。
先ほど求めたハイ側巻き線許容電流0.36Armsに対し約40%となっており、十分な余裕があるとわかりました。

TOYODEN HT-123
以上から出力トランスとして使う電源トランスは センタタップ付き 12V 3A : 100V と決まりました。
トランスは周波数が低くなるほど損失が大きくなりますから、少しでも余裕のある50Hz対応品を選定します。
今回は入手性の良い TOYODEN HT-123 を選定しました。

周波数特性をチェック


いうまでもなく電源トランスは50Hz/60Hzで最適化された設計になっており、オーディオ信号を伝送する想定はされていません。
そこで気になってくるのが周波数特性です。
ここでは、アンプの製作に入る前に入手したトランスの周波数特性を確認しておきます。
あらかじめ周波数特性が分かっていれば、例えばハイブースト回路を組み込むといった、電子回路側での作戦を立てることもできます。

周波数特性測定回路とHT-123での測定結果を示します。
TOYODEN HT-123 周波数特性
電源トランスとは思えないような素晴らしい特性です。
下手なラジオ用出力トランスより特性が良いかもしれません。

50/60Hzで使う電源トランスですから低域特性が良いのは想像通りですが、高域特性が素晴らしいです。
開放時は測定限界の20kHzまでほぼフラット、1kΩ負荷でも20kHzで約3dBしか落ちていません。

なお23Hzあたりの盛り上がりは、測定に使用したローインピーダンスアンプが単電源方式であるため、出力カップリングコンデンサと共振してしまっているものと思われます。
手持ち最大の22000µFを接続して測定しましたが、出力カップリングコンデンサの値を小さくしていくと、ピーク周波数が高音側に移動し、ピーク以下はHPF特性を示します。

以上、HT-123はアナウンスなら文句なし、音楽でもBGMをハイインピーダンススピーカーで鳴らすなら十分すぎる周波数特性であることがわかりました。
本来は電源トランスであることを考えれば、素晴らしすぎる出力トランスです(笑)!

110Vタップが使用可能か検討


選定した HT-123 には高圧側に110Vの巻き線が用意されています。
「もう少し音量が欲しい」と思った際に、(スピーカー側の過大入力は承知の上で)110Vタップを使っても問題ないのかを確認しておきます。

110Vタップに10Wのスピーカー(1kΩ)を接続した際、ロー側から見たインピーダンスは
1000 × (6/110)^2 = 2.98Ω に見えます。
信号をサイン波とすると、ロー側が電源電圧までフルスイングしている際のロー側電流は
(12/√2)/2.98 = 2.85Arms
となり、励磁電流を合わせると許容電流オーバーとなる恐れがあります。

ハイ側でも見てみます。
トランスの容量36VAより、110V巻き線の電流許容値は 36/110 = 0.327Armsです。
次にロー側フルスイング時に110Vタップに発生する電圧は、
(12/√2) × (110/6) = 156Vrms です。
よって1kΩ接続時の電流は 0.156Arms < 0.27Arms で、こちらは余裕があります。
また、110Vタップ使用時の定格100Vrmsに対する出力余裕は、
20log(156/100) = +3.7dBとなります。

ロー側の方が余裕が無いことが分かりましたから、ロー側電流が巻き線許容電流3Aの80%である2.4Armsに抑えられる最大負荷を考えます。
2.4Armsに収めるためには、ロー側から見た抵抗値が、
(12/√2) / 2.4 = 3.54Ω 以上である必要があります。
よってハイ側に接続できる負荷抵抗は
3.54 × (110/6)^2 ≒ 1.2kΩ 以上である必要があります。
Wで言うならば、8.3W以下となります。
以上から、8Wまでなら110Vタップを使えると分かりました。

リミッター


最終的にアンプとして仕上げる際は、ロー側に振幅を制限するリミッターが必要になることを頭の片隅に置いておく必要があります。

本章の検討では、スイッチングタイプACアダプタのような12V定電圧電源を想定し、ロー側振幅は12Vが最大と考えてきました。
しかし、実際の使用シーンでは12Vより高い電源電圧で動作させることもあり、何も対策をしないとロー側振幅が12Vより大きくなる可能性があります。

例えば、12Vの電源トランスを整流して直流電源を得る場合です。
トランスの容量が小さければ音量を上げて消費電流が増えるにつれてトランスの電圧が内部抵抗で下がっていきますが、10Wのアンプなど朝飯前の大容量トランスを使うと問題が発生します。
トランスの定格は数十Aクラス、コンセントの電圧が電気事業法上限の107Vまで上がっていると仮定し、電圧降下が小さいセンタタップ式全波整流を仮定して考えてみます。
平滑コンデンサも残留リプル0.1V以下に収まるような十分に大きなコンデンサが付いているとします。
すると電源電圧は
1.07 × 12√2 - 0.6(V) ≒ 17.6V
となります。
ここからDEPPで取出せるロー側最大振幅を実効値に直すと12.4Vrmsであり、±6V:100Vトランスでは定格の200%になりそのままでは完全にアウトです。
HPFを100Hzで掛ければコアの磁束は100V/50Hzと同じに抑えられますが、低音が出なくなってしまいます。
±12V:200Vトランスに変えればロー側電圧の問題は解決しますが、ハイ側は大問題です。
ハイ側電圧は200Vrmsになりますから、電力は4倍になり、スピーカー側のマッチングトランスやボイスコイルが熱々になりそうです。

電流はどうでしょうか。
ロー側から見た3.6Ωですから、
12.4Vrms / 3.6Ω = 3.4Arms
となり 3A のトランスでは電流がオーバーします。
励磁電流が乗ってくることを考えると 5A のトランスを使えばよさそうですが、トランスが解決してもハイ側200Vrmsというのは好ましくありません。

3-6章の製作では、直接リミッター回路の適用はしませんが、電源電圧が上がってもドライバ段の振幅が大きくなり過ぎないような回路構成にします。

3 ドライバトランス選定

続いてDEPPのドライバトランスを探します。
こちらはトランジスタのベースを駆動するための小信号トランスで、大電流が流れたり高電圧が発生したりはしません。
市販の汎用オーディオ用小信号トランスの中から使えそうな製品を選びます。

カレントミラーなどをうまく使ってドライバトランスレスに出来ないかと思いましたが、頭が悪すぎて直流バイアスをどうするかの解決策が思いつきませんでした(^^;

ドライバトランスに求められる機能と実現方法


トランスの選定に入る前に、DEPPハイインピーダンスアンプのドライバトランスに求められるのは機能と実現方法を整理しておきます。
ドライバトランスに求められる役割と実現方法
機能としては、以下の2点が求められます。

昇圧:ハイインピーダンスアンプのDEPPは電圧利得を持たないエミッタフォロワです。
出力を電源電圧までフルスイングさせるためには、ドライバトランスから電源電圧以上のベース電圧を印加する必要があります。
ここでもし電圧利得を持つエミッタ接地DEPPのドライバトランスのように降圧の巻き数比になっていた場合、ドライバトランスの入力側に電源電圧を超える振幅を印加する必要があり、前段に別の電源が必要になるなど設計が大変になります。
一方、適切な昇圧の巻き数比になっていれば、前段は電源電圧範囲内で楽に出せる電圧で済みます。

位相反転:プッシュ用・プル用トランジスタのベースにそれぞれ逆位相の信号を印加する必要があります。

上記を実現するためには、高圧側にCT(センタタップ)をもつドライバトランスを使うか、同じトランスを2つ使用して逆位相になるように配線するかの2つの方法があります。
2つ組み合わせる方法ですと、CTを持たないもしくは低圧側にCTが設けられているラインナップも候補に入るため、使えるトランスの選択肢が増えます。
ドライバトランスとして売られているCT付きのトランスは、トランジスタラジオ製作のエミッタ接地DEPPで使ことを想定してCT側が低圧になっている製品が多いですので、それらを使う場合2つ使うことになります。

秋月取り扱いラインナップから選定


続いてトランスを選定します。
私は地方に住んでおり、秋月電子通商さんの通信販売を良く使います。
そこで、秋月電子通商の取り扱いラインナップから選定することにします。

秋月電子通商 トップ > パーツ一般 > コイル・インダクタ > 小信号トランス
https://akizukidenshi.com/catalog/c/ctrans3/


まずは選定条件を決めます。
今回は価格と昇圧比を条件としました。

価格:\1,000円未満としました。2つ組み合わせて使う場合は、合計の値段で\1,000円未満です。
やはり、4桁になると心理的な抵抗が一気に上がります。

昇圧比:2倍より大きい昇圧比率としました。低圧側の必要振幅で見ると、6Vpeak未満となります。
ピークトゥピークでは12Vp-p未満となります。
今回は電源電圧12Vで作りますので、レールツーレールで頑張っても前段は12Vp-p(振幅6Vpeak)までしか取れないためです。

以上の条件で秋月電子のラインナップから絞り込むと、スピーカー出力用のアウトプットトランス4種類と、ドライバトランス1種類が候補に挙がりました。
選定条件に当てはまらない部分を赤字で示しています。
ドライバトランスの絞り込み
ここからさらに絞ります。
「アウトプット」タイプのST-32,45,82は、トランジスタラジオの自作で使うエミッタ接地DEPP用のスピーカー用のアウトプットトランスです。
「アウトプット」タイプは低圧側巻き線にスピーカを接続する前提のため、どれも低圧側の巻き線は太い線で巻き数が少ない、つまり低圧側のインダクタンスも直流抵抗も小さくなっているという似たような特徴を持ちます。

ST系はデータシートが見つかりませんでしたが、"AT-403-1"はデータシートに巻き線仕様が記載されています。
AT-403-1はST-32のCTのない互換品です。
ST-32,45,82の中では、ST-32が最も昇圧比が大きく、また値段が安いです。
昇圧比が大きいほど前段の振幅が小さくて済むことで前段が低インダクタンスの低圧側コイルを大振幅で駆動しなくて済み、前段の負担が軽くなります。

ここから、「アウトプット」タイプからはST-32を代表に選びました。
なおAT-403-1はST-32のCTのない互換品ですので、除外しました。

次は「ドライバ」タイプです。
「ドライバ」タイプは、小信号回路でのインピーダンス変換で使う想定になっており、低圧側も高圧側も細い線が沢山巻いてあります。
"AT-405"の巻き線仕様は以下です。
今回は並列にして使いますので低圧側はインダクタンス・直流抵抗ともにスペック値の半分になりますが、それでもAT-403-1と比較するとインダクタンスは19倍、直流抵抗は62.5倍あり、前段の負担は大幅に軽くなりそうです。

「ドライバ」タイプはAT-405しか残っていませんから、「ドライバ」タイプからはAT-405を選びました。

AT-405×2 vs ST-32 磁気飽和確認


続いて ST-32 と AT-405×2 から、使用するドライバトランスを決定します。
ドライバトランスの候補
高圧側で振幅12Vpeakが取り出せなければ、今回の回路では使うことができません。
「アウトプット」タイプであるST-32は、低圧側のインダクタンスが小さく、低音域・大振幅時の磁気飽和が懸念されます。
そこで、「50Hzで振幅12Vpeakを取出せるか?」という点で評価しました。
評価は、十分にパワーのあるローインピーダンスアンプで低圧側を駆動し、高圧側で振幅12Vpeak取出している時の波形を観察しました。
磁気飽和すると大電流が流れて駆動用のローインピーダンスアンプに負担がかかりますから、トランスの一次側には8Ωの保護抵抗を挿入しました。

まずは「アウトプット」タイプ代表、ST-32です。
st-32の波形 50Hzは激しく歪む
低インピーダンスな巻き線から予想した通り、50Hzがひどいことになっています。
もはや原型が分かりません。
即行で没です。
ST-32より昇圧比が小さいST-45,82ですと、一次側に印加すべき電圧はST-32よりも大きくなります。
しかしコアのサイズはどれも似たような物であり、同様に磁気飽和すると考えられます。

よってST-32というより、低圧側巻き線のインピーダンスが小さすぎる「アウトプット」タイプは没です。

続いて「ドライバ」タイプのAT-405です。
at-405の波形 50Hzでも原形を保つ
若干歪んでいるものの、50Hzも原型を保っています。
ということでAT-405を採用です。

AT-405は規格が600Ωですが、600Ωは音響設備で一般的に使われているインピーダンスですから、AT-405が入手できなくなっても互換品が見つかる可能性が高いです。

4 最小構成で実験

出力トランスとドライバトランスが決まりましたので、早速最小構成で出力段のみを組んで実験していきます。
DEPP出力段のみの最小構成の回路を示します。

この回路だけでも、ポータブルラジオ等のイヤホン端子からハイインピーダンススピーカーをそれなりの音質で鳴らすことができます。
最小構成の実験回路
調査してきたハイインピーダンスアンプから、エミッタフォロワ型DEPP出力段の部分だけを抜き出して単純化したような回路です。
電圧増幅段は持たず、ドライバトランスと出力トランスの昇圧により100Vrmsの出力を得ます。

パワートランジスタTr2-2,Tr3-2のコレクタ損失とコレクタ電流さえ注意すれば、ジャンク箱の適当なトランジスタで動きます。
試される場合、配線が長い・負荷が軽いなどの状況によっては発振することがありますので確認をお願いします。
100Vまで昇圧しますから、出力配線に入配線やベースへ行く配線を近づけて寄生容量・寄生トランスができると、信号が回り込んで簡単に発振します。
手元の試作品では、無負荷にした際に100kHz台で発振し、10kΩ以下の負荷抵抗を接続すると発振は止まりました。
回り込んで発振している場合は、配線を動かしたり手を近づけたりして寄生素子の値が変わると、発振波形が変化しますのですぐわかります。
発振してしまった場合は、発振防止コンデンサCbを追加して高域利得を下げて発振を止めます。

出力トランスの選定時はエミッタフォロワはシングルで考えていましたが、ドライバトランスにAT-405を選定した都合で電流利得を稼げるダーリントン接続に変更しました。
ジャンク箱に転がっていたパワートランジスタ 2SD1407-O のhfeは、70~140です。
エミッタフォロワから見た出力トランスの一次側インピーダンスは3.6Ωに見えますから、ベースの入力インピーダンスは70倍して約250Ωになります。
AT-405の巻き線は10kΩを想定していますから、2桁違う250Ωの駆動はさすがに無理があります。
そこでhfe 100程度の小信号トランジスタを追加してあげることにより、ベースの入力インピーダンスは25kΩとなり、AT-405でも楽々駆動することができます。

一方、ダーリントン接続にすることで最大出力電圧が減少するというデメリットも生じます。
ダーリントン
シングルの場合、パワートランジスタのベースはドライバトランスへ接続されているため、ドライバトランスの昇圧の恩恵により電源電圧12Vより高い電圧をベースに印加することができます。
よって、ベースエミッタ間電圧降下 Vbe の影響を相殺することができます。
一方、ダーリントン接続では、パワートランジスタTr2のベース電流はTr1のエミッタから供給されるため、Vcesat1を無視してもTr2のベース電圧は電源電圧12Vで頭打ちになります。
よって、Tr2の最大出力電圧は、12VからVbe2を差し引いた電圧で頭打ちとなります。
Vbe = 0.6V とすると、Vbemax = 11.4V 、実効値では 約8.06Vrms となります。
出力トランスの巻き数比 16.7倍 から計算すると、最大出力電圧は約135Vrmsとなります。
100Vrmsに対するマージンをdBで見ると、約 +2.5dB となります。
バイアストランジスタの熱結合
出力トランジスタTr2-2とTr3-2は発熱しますから、ヒートシンクが必要です。
また、バイアストランジスタTr1と出力トランジスタは熱結合が必要です。
熱結合は、2つのパワートランジスタとバイアストランジスタを、写真のようにできるだけ近づけて同じ放熱器に取り付けました。
バイアストランジスタはヒートシンクに止めやすいよう、ネジ穴のあるタイプを選定しました。

Tr1のバイアス回路は、SEPPアンプでよく使われるトランジスタを使った温度補償バイアス回路です。
エミッタ抵抗も熱暴走防止に重要ですが、少しでもロスを減らしたく、温度補償バイアス回路を採用のうえエミッタ抵抗は思い切って小さめの0.22Ωを使用しました。

調査してきた市販のDEPPハイインピーダンスアンプではサーミスタを使って温度補償していましたが、今回は回路が簡単なトランジスタの温度特性を使った温度補償回路としました。

当初はヒートシンクも付けずに単純なダイオード2個直列のバイアス回路で試しましたが、鳴らし始めて数十秒で熱暴走しました。
電流計を接続して鳴らしていると、バスドラムが鳴ってトランジスタの温度が上がるたびに電流計の針が上がりそのまま戻らず、数十秒で香ばしいにおいがしてきます(笑)
十分な放熱と熱結合が必要です。

アイドリング電流の調整はトランジスタによっても最適値が変わってくるため、音を聴きながら合わせるのがおススメです。
ハイインピーダンススピーカーを10W分、またはハイインピーダンススピーカー+抵抗を組み合わせて1kΩの負荷を接続します。
また電源からコレクタへ行く線に電流計を挿入するか、エミッタ抵抗に電圧計を接続してアイドリング電流を測定できるようにします。
用意ができたら10kΩのバイアス設定用可変抵抗を絞り(コレクタ・ベース間0Ω)、アイドリング電流を0Aにします。
次に正弦波やオルゴール曲といった歪が分かりやすい音源を再生します。
キンキンとした歪が出るはずですので、徐々にバイアスを増やしていき、歪が我慢できるギリギリのところで止めます。
目安としては、激安ポケットラジオで電波の悪い局を聴いている時くらいの歪です。
※「我慢できる」というところがポイントです。この回路はオーバーオールNFBがかかっていませんから、「満足する」ところまでバイアスを増やしていくとA級アンプになってしまいます。
調整後音源を停止し、無音にした時の電流が適正アイドリング電流です。
手元の環境では、プッシュ・プル合計で20mA程度になりました。

波形を見る

続いてアンプを動作させて波形を確認します。
各ポイントの波形を見る 観察箇所は、入出力電圧、ダーリントントランジスタのベース電圧、出力トランスのロー側電圧、エミッタ電流です。
ただし、電流プローブを持っていないため、エミッタ電流はエミッタ抵抗の電圧降下Vreとして観察します。

負荷は100V系ハイインピーダンス10W相当の負荷である1kΩの純抵抗としました。
アイドリング電流はプッシュ・プル合計20mA、入力信号はファンクションジェネレータから1kHzのサイン波を入力しました。
1kΩ負荷がある状態で定格100Vrmsになるように音量を調整し、各波形を観察しました。
オシロスコープはKENWOODのCS-8010を使用しました。
発振防止コンデンサは無しで測定しました。

各波形をまとめて示します。
各ポイントの波形
まず入出力電圧Vin・Voutです。
波形の頭がつぶれる(歪む)ものの、1kΩ(10W)の負荷がある状態でVout=100Vrms(振幅141V)を出力することができており10Wのハイインピーダンスアンプ」という目標を満足できています。
入力電圧Vinと出力電圧Voutの倍率を求めると、約58倍となっています。
AT-405の昇圧比が4.9倍、HT123の昇圧比が16.7倍ですから理想の倍率は82倍となりますが、現実の回路ではエミッタ抵抗やトランスの損失など様々なロスが存在するため、58倍にとどまっています。
dBで計算すると、 20log(58/82) = -3dB の利得ロスです。

次にエミッタ電流です。
エミッタ電流はエミッタ抵抗の電圧降下Vreとして観察しました。
回路はB級プッシュプルとして動作しており、2つのトランジスタがプッシュ・プル交代で担当しますから、エミッタ電流は半波整流波形のような形になります。
エミッタ抵抗は0.22Ωですからエミッタ電流を計算すると、ピークで2.3Aと分かります。
ここから、プッシュ・プル2つのエミッタ抵抗を合わせたロスは
(0.506/√2)×(2.3/√2) ≒ 0.6W
と分かります。
10Wの出力に対して6%をエミッタ抵抗で捨てているというのはもったいない気がしますが、エミッタ抵抗を取り外すと熱暴走の恐れがあるため諦めます。

続いてベース電圧Vb1・Vb2です。
2つのトランジスタにはそれぞれ逆位相の信号が入力されていることが分かります。
ベースにはバイアスがかかっているため、GNDからバイアス電圧分オフセットしたような波形になります。
バイアス電圧は実測1.15Vあります。
カーソルに表示されているベース電圧11.8Vはバイアス電圧も含めた値ですから、振幅はバイアス電圧を引いて
11.8 - 1.15 = 10.65V です。
ここでAT-405の昇圧動作を確認してみます。
入力電圧Vin=2.43Vでしたから、AT-405での倍率は4.4倍です。
カタログ値4.9倍に対し、約90%になっています。

続いてHT123のロー側電圧Vt1・Vt2です。
エミッタ電流で確認したようにトランジスタは交代で休んでB級プッシュプル動作していますが、電圧で見るとトランスの誘導電圧が見えるため、休んでいる間も波形はきれいに繋がって見えます。
今回は電源トランスを逆向きに使っていますから、トランスの発熱に直結するロスがどうなっているか気になります。
Vtの振幅は10Vとなっています。
トランスが理想ならば、Voutのピークは
10 × 100 / 6 = 167V となるはずですが、実際は141Vであり、トランスで26V消えてしまっているとわかります。
これを電力で見てみます。
出力トランスのハイ側(負荷側)は、負荷抵抗で10W消費されています。
出力トランスのロー側(トランジスタ側)は、力率1と仮定すると、Vtおよび先ほど確認したエミッタ電流のピーク2.4Aから、
(10/√2)×(2.4/√2) = 12Wとなります。
よって出力トランスで2Wロスしており、効率を計算すると
100 × 10 / 12 = 83% となります。
もう少し頑張りたいところではありますが、電源トランスを逆向きに使っていることを考えれば我慢できます。

無負荷最大出力電圧と無負荷時消費電流

続いて、無負荷状態で出力電圧を変化させ、無負荷最大出力電圧と無負荷時消費電流を測定しました。

無負荷最大出力電圧は波形がクリップする電圧を最大出力電圧としました。
出力電圧マージンがどの程度になっているか確認します。

無負荷時消費電流は、トランスの励磁電流による損失を確認する測定です。
電源トランスを逆向きに使って太い巻き線側に電圧を印加するということで、非常に気になる特性です。

出力電圧は、オシロで測定した振幅を実効値に換算しました。
消費電流は、出力端子を無負荷にした状態で、プッシュ・プル合わせたコレクタ電流(電源からコレクタへ行く電流)を測定しました。

無負荷にしたら発振してしまいましたので、発振防止コンデンサ220pFを取り付けて測定しました。
無負荷消費電流
HT-123にて 0V-6V-12V:100V タップ使用時、定格100Vrms出力時にて消費電流126mAとなりました。
電源電圧12Vですから、電力で表すと約1.5Wの損失です。
電流がオームの法則に従って一次関数的に増加していますので、磁気飽和はしていないと考えられます。
※ 磁気飽和すると周波数が一定なら変わらないはずの巻き線インピーダンス(R+jωL)のうち、インダクタンス分(jωL)が効かなくなるため、急激に電流が増加します。

無負荷最大出力電圧は120Vrmsとなりました。
実測マージンは+1.6dBです。
ダーリントンにしたことでロー側は12Vまでスイングすることはできず、エミッタ電圧は実測11.4V程度で頭打ちになります。
エミッタ電圧11.4Vmaxは、先ほどダーリントンで計算した 12V - 0.6V と一致しており、ロー側は狙い通りです。
一方、エミッタ電圧11.4Vあれば無損失ならば巻き数比16.7からハイ側は135Vrms出てくるはずですが、実際は120Vrmsにとどまっており、 差はエミッタ抵抗 + トランス + 各種配線の損失で消えてしまっている分が相当します。

出力インピーダンス

波形の観察で、トランスでのロスが大きいことが分かりました。
となると気になってくるのは出力インピーダンスです。

ハイインピーダンスアンプの特徴として、負荷の範囲が大きく変わるという点が挙げられます。
10Wのアンプに1Wのスピーカー一つだけを接続して使用することもあれば、10W分のスピーカーを接続して使用することもあります。
また、放送先選択スイッチが組み合わせれば、全てのスピーカーがOFFとなり出力が開放となる場合もあります。
つまり、ハイインピーダンスアンプにはアンプの負荷が無負荷~定格負荷まで変わっても、負荷によらず同じ電圧を供給し続けることが求められます。

ここでポイントとなってくるのは出力インピーダンスです。
理想的なアンプは出力インピーダンス0Ωです。
理想アンプは電圧源として振る舞いますから、いくら負荷を接続しても出力電圧は無負荷時と変わりません。
一方、現実のアンプは出力インピーダンス0Ωとなりません
負荷を増やせば増やすほど出力電圧が無負荷時より下がって行きます。

それでは、作ったアンプの出力インピーダンスを測定してみます。
出力インピーダンス測定の考え方ですが、出力インピーダンスは「理想アンプと出力端子の間に挿入された抵抗」と捉えることができます。

今回は簡単に測定できるON/OFF法で測定しました。
出力インピーダンスの測定では1kHzでの交流電圧を測る必要があります。
ここで50Hz/60Hz専用に作られている交流電圧計では、1kHzで正しく測れない可能性があります。
使う電圧計は、オシロスコープと比較して1kHzで正しい結果を示すか確認しておく必要があります。
手持ちの電圧計で1kHz測定ができない場合、手間がかかってしまいますがオシロスコープのカーソルを使って測定することもできます。

測定回路と結果を示します。
DEPP単品の出力インピーダンス
測定方法は以下です。
まず、出力端子解放時(無負荷)電圧を定格に合わせておきます。
電圧計の内部抵抗は非常に大きく無視できるとすると、 この出力開放時の電圧がRoutに電流が流れていないときの電圧、つまり理想アンプの出力電圧に相当します。
次に、値が分かっている負荷抵抗を接続した時の電圧を測定し、分圧抵抗の式を使って計算すると出力インピーダンスRoutを知ることができます。
今回は、2kΩの抵抗と複数の10kΩの抵抗を用意し、並列接続にして測定しました。

Routを求める式は電圧と負荷抵抗が掛け算になっており、測定に使う負荷抵抗値が大きいとRoutの分解能が悪くなるため、ある程度小さい負荷抵抗で測る必要があります。
手持ちの電圧計(テスター)は100Vを測れるレンジでの分解能が0.1Vしかなく、例えば負荷10kΩだと分解能10Ωになってしまい測定できません。

手元の試作品では、100Vタップ使用時の出力インピーダンスは約174Ωとなりました。
※放置しておくと温度上昇により10Ω程度変化し、また使う配線やトランジスタによっても変わってくるため、参考値としてください。

定格10W相当の負荷である1kΩを接続した際は電圧は85%に低下、dBで言えば-1.4dBとなっています。
1kΩの負荷に対して出力インピーダンスが174Ωでは、ダインピングファクターが5.75しかありません。
小生低音厨なのでどちらかというと低音がボーボー響くダンピングファクターが小さい音が好きですが、せめてダンピングファクター10以上は欲しいところです。
アンプとして仕上げていくときには、 出力インピーダンス100Ω以下を目標にNFBをかけて出力インピーダンスを下げることにします。

入力インピーダンス

出力インピーダンスの次は、入力インピーダンスも気になります。
今回はAT-405を2個系列にしてドライバトランスに使用します。
低圧側の直流抵抗はカタログ値で100Ω、2個並列では50Ωとなります。
低音部の入力インピーダンスがは相当低くなっていると予想されます。

前段を作るために、出力段部の入力インピーダンスを知っておく必要があります。

測定回路と波形を示します。
手持ちの電圧計では分解能が足らないため、オシロスコープを使って測定しました。
カーソルで読みやすいよう、実効値ではなく振幅で測定しました。
DEPP単品の入力インピーダンス
IV法により入力インピーダンスを測定しました。
参考文献 09 によると、コア入りインダクタのインピーダンスは入力信号レベルに対し変動するそうです。
トランスもコア入りインダクタの仲間ですから、トランスにかかる電圧を決めて測定する必要があります。
そこで、家庭用オーディオ機器におけるライン入力の既定レベル ”-10dBV” に合わせて測定しました。
dBVは 1V = 0dB と規定していますから、-10dBV は約0.316Vrms、振幅に直すと約0.447Vになります。

業務用機器のラインレベルは+4dBuですが、業務用放送に使うハイインピーダンスアンプといえど自作品を使うようなシーンではもっぱら家庭用オーディオ機器が接続されると想定されるため、-10dBVとしました。

電流プローブは持っていないため、抵抗を挿入して電圧降下を測ることで電流を測定しました。
巻き線はインダクタンスですから抵抗Rとハイパスフィルタを形成し電圧と電流の位相はズレますが、今回は振幅だけ読み取りました。
また、ハイハイパスフィルタであれば低域に行くほど入力インピーダンスが下がるはずですから、1kHzだけなく、100Hzでも測定しました。

結果、100Hzで約200Ω、1kHzで約1.1kΩと、予想通りの低い入力インピーダンスになっていることが分かりました。
ここまで入力インピーダンスが低いと、DEPP単品では出力インピ―ダンスが数kΩあるライン出力の機器には接続できないといえます。

トランスの巻き線というインダクタが入力になりますから、入力インピーダンスは周波数特性を持ちます。
よって、前段の出力インピーダンスが高いとHPFになってしまうはずです。
そこで、前段の出力インピーダンスにより周波数特性がどう変わるか実験してみました。
アンプとして仕上げる際、前段の回路の検討に必要になるデータです。

実験には出力インピーダンスが低く、ある程度の出力電圧が取れるアンプが必要になります。
今回はジャンク箱にあった出力強化型オーディオ用OPアンプ "M5218L" を使用しました。
M5218Lは出力電流は50mA取ることができます。
データシートによるとヘッドフォンアンプ用途も想定されており、ボイスコイルの駆動を想定しているならば誘導性のAT-405のコイルも駆動できるだろうと考えました。
USB-DAC UA-1G の出力を増幅するため、+20dBの反転増幅回路としました。

M5218Lの出力インピーダンスは無視できるとして、M5218LとAT-405の間に固定抵抗Rinを挿入することで前段の出力インピーダンスを模擬し、AT-405の低圧側の周波数特性の変化を確認します。
つまり、前段の出力インピーダンスが高い場合にAT-405に入力される時点で音質がどの程度悪化してしまうか?を見る実験です。

なお、電圧が変わると特性が変わる可能性がありますから、1kHzでのAT-405低圧側電圧を都度-10dBV(約0.316Vrms)に合わせてスイープ測定しました。

測定回路と結果を示します。
DEPP単品の入力インピーダンス周波数特性
まず、直結(Rin=0Ω)の場合は、20Hzで約-0.8dB下がっていますが、100Hz以上ではほぼフラットになっています。

Rin=10Ωでは、ハイパスフィルタ特性が見えてきますが、100Hzでの減衰は約-0.5dBにとどまっています。
スポット信号で測定100Hzでの入力インピーダンスは約200Ωでしたから、
20log(200/210) = -0.4dB
と近い値になっています。

Rin=100Ωまで増やすと、100Hzは1kHzに対し-2.7dBの減衰です。
フィルタの特性を見る時の目安である-3dB下がる周波数は約80Hzであり、出力トランスの選定に使った低域の目安「エレキギターの最低周波数 82.4Hz」で考えると前段の出力インピーダンスは100Ω以下が目安になりそうです。

Rin=220Ωまで増やすと、100Hzは1kHzに対し-8dBの減衰、7kHz辺りをピークとするバンドパスフィルタのような特性になってきます。
巻き線が作るインダクタンス成分によるハイパスフィルタだけでなく、巻き線が持つキャパシタンス成分(隣接して巻かれた巻き線の導体と絶縁被膜により形成されるコンデンサ)によるローパスフィルタも効き始めるようです。
この辺りまで行くと、「音が悪いな」と感じるようになります。

Rin=1kHzまで増やすともはやバンドパスフィルタで、トランジスタメガホンのような音質です。

以上から、前段の出力インピーダンスは100Ω以下とすることにします。

全体の周波数特性

次にRin=0Ωとした際の出力端子側で周波数特性を確認し、AT-405からHT-123まで含めた回路全体での周波数特性を測定しました。
先ほどRin=0Ωの時は、AT-405の低圧側の入力される段階ではほぼフラットな周波数特性でしたから、ここでの測定結果≒DEPP出力段の周波数特性ということになります。

無負荷時に発振してしまったため、音声帯域に影響のない100pFを追加して測定しました。
また100Vrmsで測定すると歪で高調波が増えすぎてまともなグラフになりませんので、桁一つ減らして10Vrmsで測定しました。
DEPP単品の周波数特性
負荷によらず全体的に低域の減衰が見られ、また負荷を増やしていくほど利得と高域が下がって行きました。
凸凹していたり太くなっている部分は、歪による高調波が記録されてしまうためで、自動で補正できませんから脳内補正で読みます!

まず低域の減衰ですが、先ほどRin=0Ωでは、AT-405の入力時点ではほぼフラットなことを確認しました。
よって、AT-405以降でHPF特性が作られていると分かりますが、トランスは直流は通しませんからHPF特性になること自体は自然です。
しかし、トランス単品で見た場合に対しカットオフ周波数が高く、約70Hzで-3dB減衰しています。
エミッタフォロワの出力インピーダンスに対し、HT-123のインダクタンスが小さいといった原因が考えられます。
-3dB程度の減衰でしたら、NFBをかけて補正してあげれば改善が期待できます。

次に中域の減衰ですが、こちらは出力インピーダンスによるものです。
1kHzで無負荷時と1kΩ負荷時を比較すると、約-3dB減衰しています。
出力インピーダンスに直すと約410Ωとなり、先ほど100Vrmsで測定した174Ωに対し大幅に増えています。
今回は10Vrmsで測定したことでコレクタ電流が小さくなり、トランジスタの非線形性やA級動作領域が占める割合の関係でエミッタフォロワの出力インピーダンスが増加したものと考えられますが、データシートを眺めても「どの特性が効いているのか?」のズバリな回答は分かりませんでした。
Ic-hfe特性を見るとICが下がるとhfeが下がるので傾向としてはあっていますが、出力インピーダンスが100Vrmsの2倍以上になるのはIc-hfe特性では値が合いません。

最後に高域の減衰ですが、負荷を入れると高域が下がるのは電源トランス単品で周波数特性を確認した際にも見られた傾向です。
負荷を増やすほど、トランスの巻き線と負荷抵抗が形成するLPFのカットオフ周波数が下がっていくことによるものと考えられます。

Coffee Break エミッタ接地で組むと?

ここで一休み、気になることを一つ、「エミッタ接地でDEPPを組むとどうなるか?」を確認しておきます。

調査編で見てきた市販品の2台のDEPPハイインピーダンスアンプは、いずれもエミッタフォロワによるDEPPになっていました。
今回は市販品に倣い、エミッタフォロワによるDEPPでアンプを組んでいきます。

一方、ラジオやラジカセで用いられていたローインピーダンスアンプ用のDEPP回路は、エミッタ接地による回路となっています。
古い電子回路の教科書では、「B級プッシュプル電力増幅回路」と言えばエミッタ接地型のDEPP回路です。
ここでは、なぜハイインピーダンスアンプのDEPP電力増幅回路はエミッタフォロワになっているか考え、実験で確かめてみます。

まずは回路図で考えてみる

エミッタ接地DEPPvsエミッタフォロワDEPP
ハイインピーダンスアンプの設計資料を見たわけではないので推測になりますが、エミッタ接地を使う理由は下記2点と考えました。

1つ目は、出力トランスのインピーダンス変換方向がハイインピーダンスとラジオ・ラジカセで逆になっている点と推測します。
ハイインピーダンスは出力トランスは昇圧方向であり、ローインピーダンスからハイインピーダンスに変換しています。
よって、ローインピーダンス側巻き線は低出力インピーダンスの回路でドライブする必要があり、出力インピーダンスが低いエミッタフォロワ回路が適しています。
逆にラジオやラジカセでは出力トランスは降圧方向であり、ハイインピーダンスからローインピーダンスに変換しています。
こちらは出力インピ―ダンスが高いエミッタ接地を使うことができます。
もちろんエミッタフォロワで組むこともできますが、エミッタ接地を使えば出力段でもゲインを稼ぐことができます。
できるだけ少ないトランジスタで必要なゲインを得る必要があったオールディスクリートの時代では、エミッタ接地で組んだ方が経済的です。

2つ目が、ハイインピーダンスの使われ方とラジオの使われ方の違いによるものと考えます。
ハイインピーダンスアンプは「負荷が無負荷~定格負荷まで大きく変わる」という特徴があります。
定格10Wで設計されたアンプに1Wのスピーカー一つだけ接続して使うこともありますし、10W分のスピーカーがつながっていてもアッテネータや放送先選択スイッチで操作すれば負荷状態はコロコロ変わります。
よって、ハイインピーダンスアンプは負荷状態が大きく変わっても一定の電圧を出力しなければいけません。
ここでハイインピーダンスアンプにエミッタ接地を使うとどうなってしまうか、等価回路に描き直すと直感的にとらえることができます。
エミッタ接地DEPPを等価回路で描く
プッシュプルになってる片方だけを抜き出し、トランスをL型簡易等価回路で表しました。
電源が残っているとわけ分からなくなるため、トランジスタもπ型等価回路に置き換えています。

回路図を見ただけで、この回路で負荷をON・OFFしたら出力電圧はコロコロ変わってしまい、まるで使い物にならないとわかります。
無負荷時は赤枠で囲ったトランスの巻き線によるR_MとjX_Mの部分だけが負荷ですから、赤枠部とトランジスタの電流源gmVbeにより出力電圧が変わります。
次に負荷をONにすると、gmVbeが変わらないまま電流源に接続される抵抗値が変わりますから、出力電圧が負荷状況に応じてコロコロ変わってしまいます。
言い換えれば、エミッタ接地のゲインがスピーカーON/OFFによって変わってしまいます。
これでは「出力開放~定格負荷まで出力電圧一定」が理想であるハイインピーダンスアンプにはそもそもなじみません。
同じ音量にするためには、放送先選択スイッチを操作する度に音量つまみを回す(Vbe=Vinを変える)必要が出てきてしまい、非常に使いづらいアンプになります。

多量のNFBをかけて電圧が変わらないよう補正するというアプローチも考えられますが、現実的ではありません。
トランスを使ったアンプは多量のNFBをかけることができません。
トランスで位相が回りますから、簡単に発振器になってしまいます。

もちろんラジオに使われるローインピーダンスアンプでも、NFBがなければ負荷状況によりゲインが変わる現象は起こります。
ラジオであれば、スピーカー使用時とイヤホン使用時でゲインが変わっても、ラジオは手元にありますからボリュームつまみを回すことができます。
ところがハイインピーダンスアンプであると、あるスピーカーでアッテネーターを操作すると、無関係の別のスピーカーの音量まで勝手に変わってしまうことになります。
ラジオと違ってハイインピーダンスアンプは遠方にありますから、困ってしまいます。

エミッタ接地DEPPを実験してみる

実際にエミッタ接地でハイインピーダンスアンプを組んで実験してみました。
回路は、3-3章で製作したエミッタフォロワ型DEPPのエミッタとコレクタを入れ替えるだけです。
※手持ち部品の都合により、ドライバトランスにST-32を使用しました。
エミッタ接地DEPP実験回路 無負荷で出力電圧を振幅141V (100Vrms) に合わせておき、10kΩの抵抗負荷(1Wスピーカー相当)を順次追加していった際の出力電圧と消費電流を測定しました。
ゲインを持つエミッタ接地は、配線に触れるなどのちょっとしたことでも激しく発振し始めるため、トランスのロー側にCを追加して発振を止めています。
Cがないと発振まで至らなくても波形が歪んでしまい、そもそもサイン波っぽい形にすらなりませんでした。
また、電流計の内部抵抗影響を取り除くため、電源に47µFの電解コンデンサを追加しました。

3-4章のエミッタフォロワ回路でも同じ実験を行い比較しました。
※手持ち部品の都合により、3-4章の回路に対しドライバトランスをST-32に、出力トランジスタを2SD1411に変更して実験しました。

エミッタ接地のアイドリング電流は、エミッタフォロワと同じ「プッシュ・プル合計20mA」としました。
エミッタ接地DEPP実験結果
エミッタ接地は予想通り電流源的な動作になっています。
負荷を接続すると出力電圧がどんどん下がっていくだけで、消費電流は増えません。
等価回路で考えた通りの「電流源に負荷を増やしていく」動作です。
抵抗数を1個から5個に増やすと電圧は0.3倍になっています。
これは、放送先選択スイッチ等により1Wスピーカーを1個から5個に増やすと、元から鳴っていたスピーカーの音量が10dBも下がってしまうということを意味しています。
これではハイインピーダンスアンプとして使い物になりません。
ここまで特性が悪いものを強力なNFBで何とかしようとしても、発振器が完成する未来しか見えません(笑)

一方、エミッタフォロワは電圧源的な動作になっています。
負荷を接続すると出力インピーダンスにより電圧は下がりますが、5個接続時でも92V出ており、エミッタ接地の5個接続時16Vとは大違いです。
エミッタフォロワならば、負荷を1個から5個に増やしても0.6dBしか低下していません。
消費電流で見ても、抵抗数を増やすと消費電流が一次関数的に増加しており、電圧源的な動作です。
ハイインピーダンスアンプは「出力開放~定格負荷まで出力電圧一定」が理想、つまり電圧源的動作が理想ですから、言うまでもなくエミッタフォロワが適しているということになります。

以上から、ハイインピーダンスアンプにつかうDEPP出力段はエミッタフォロワが適しているということが実験でも確認できました。

5 簡易NFBの実験

オーバーオール帰還を使う多段構成に行く前に、DEPP出力段単品で局部帰還をかける簡単なNFB回路を試してみます。
DEPP部の能動回路はゲイン1のエミッタフォロワしかありませんが、回路全体としてみるとトランスで昇圧されるため利得のある立派なアンプであり、単品でも簡易NFBをかけることができます。

110VのタップをNFB巻き線として使用し、下図の赤線部のように抵抗を2本追加します。
DEPP単品でのシンプルなNFB
RinとRfで利得が決まりますが、Rinは先ほど実験した周波数特性の実験から100Ω固定としました。
Rfは数百Ωを使います。
OPアンプの反転増幅回路みたいな回路になります。
帰還を掛けますから、位相補償のためCbが必須になります。

Rfにも依りますが、言うまでもなくゲインが低すぎて単品では実用になりません。
前段にプリアンプを設ける必要があります。
Rf=270Ω時スマホのヘッドホン端子直結では3Vrmsしか出ませんでした。
放送設備であるハイインピーダンススピーカーは90dB程度の能率がありますから、10Vrms程度あれば深夜の作業用BGM用途なら鳴らすことができますが、3Vrmsではさすがに実用になりません。

局部帰還DEPP部は利得だけでなく入力インピーダンスも低いため、前段プリアンプは電圧だけでなく電流も取れる必要があります。
今回は、5-4章で入力インピーダンス測定に用いた出力強化OPアンプ M5218L を使用して実験しました。

周波数特性

まずは周波数特性でNFBの効果を確認します。
約5dB、約10dBの帰還となるRfをE24系列からトライ&エラーで探して測定しました。
簡易NFB周波数特性
Cb=2200PFを追加しましたから、前提となる無帰還特性は黄色の線のように4kHzくらいから下がるHPF特性になります。

こんな簡単な局部帰還でも、周波数特性を改善することができます。
まずRf=750Ωの時、80Hz~11kHzまで-3dB範囲に収まりますが100Hz辺りで減衰特性が気になります。
Rf=270Ωまで帰還量を増やすと、50Hz~20kHz付近まで-3dB範囲に収まり、100Hz辺り~11kHz辺りはほぼフラットになります。

出てくる音の印象としては、中高域重視のカラッとした音です。
Hi-Fiとはほど遠く、FM放送を聴くと00年代のデフレラジカセのようなサウンドになります。
聴く音源により「キラキラ系」とポジティブに感じたり、「スカスカ」とネガティブに感じたりします。
ニュースなどの声を聴くには聴きやすくて良いですが、音楽再生に使いたいとは思いません。
また、オーバーオール帰還と違って前段の振幅に制限され帰還量を増やせず、音量を上げると前段のOPアンプの負担が重くなることもあり、歪が気になります。

出力インピーダンス

続いて出力インピーダンスを確認してみました。
定格1kΩ負荷時にダンピングファクター10以上となる「出力インピーダンス100Ω以下」を達成できるか楽しみです。
簡易NFB出力インピーダンス
測定方法はNFBを追加する前(3-4章)と同じです。
負荷をON/OFFし、電圧降下を測定しました。

Rin=0Ω,Rfなし(3-4章の最小構成)では出力インピーダンスがは174Ωでした。

Rin=100Ωを追加すると、出力インピーダンスは191Ωに上昇しました。
エミッタフォロワのベースに抵抗を入れるのと同じですから、ベースから見た信号源インピーダンスの1/hfeとなる出力インピーダンスが上昇するのは自然です。

次にRf=750Ωで帰還をかけるとRin追加で上昇した分を取り戻し109Ωまで下がり、3-4章の174Ωも下回りました。
さらに帰還量を増やしてRf=270Ωにすると、目標であった100Ωを下回り71Ωとなりました。
1kΩ負荷時のダンピングファクタを計算すると14となります。

バスブーストの実験

NFBを応用すると、DEPP部分だけでバスブーストをかけることもできます。
低音部は無帰還になり少し音量を上げただけですぐ歪むので実用性は乏しいですが、参考としてご紹介します。
簡易NFBによるバスブースト
回路としてはRfと直列にコンデンサCfを挿入するだけです。
Rfを挿入することにより、フィードバック経路がHPF特性を持つため中高域にだけNFBが掛かり中高域のゲインが下がります。
結果、相対的に低音のゲインが上昇したように聴こえます。

「NFBなし」の特性及び「バスブーストなし」の特性と「バスブーストあり」の特性を重ねてみると、低音域はNFBなし、中高域はバスブーストなしの特性を重ね合わせたような周波数特性になっていることが分かります。

通常のNF型バスブーストではRf-Rcの直列回路にさらに別の抵抗を並列に接続し、低域にもNFBがかかるようにし、低域部はフラットになります。
しかし、今回は利得に余裕がないため、低域がフラットになるほど帰還をかけると中高域部はもはやアンプではなくアッテネータになってしまいます。
そこで、低域はオープンループとしました。
よって、裸特性が持っている200Hz辺りから下が減衰するHPF特性はそのまま残ります。
そこでCfの値を調整し、聴感上の低音感が増す80~100Hz付近にピークが来るような値にしてみました。

なお低域はオープンループですから、ただでさえトランス結合で歪みやすい低音域をブーストした際の音質の酷さはお察しです(^^;

6 実用的な多段構成

前章では「プリアンプ+局部帰還DEPP」の2段構成を試してきましたが、音質はいまいちでした。
本章ではオーバーオール帰還を使って音質も良く、前段の振幅も小さくて済む構成で組んでいきます。

前章は実験だけでしたのでOPアンプを使用しましたが、本章はせっかくなのでオールディスクリート構成としました。
部品は汎用的な物を選定しておりますので、手持ち部品に置き換えて製作いただいても動作する可能性が高いです。
NFB定数は、TOAのハイインピーダンスアンプを参考に、ラインレベル(-10dBV ≒ 0.316Vrms)を入力した際におおよそフル出力100Vrmsになる利得になるよう設定してあります。
2段構成化したDEPPハイインピーダンスアンプ
さらに、電源電圧12V動作のメリットを生かすためソーラーパネル直結電源(バッテリなし)で動作することも考慮して製作しました。

12Vシステム系のソーラーパネル(解放電圧22V程度)は、アウトドア用や鉛蓄電池充電用として安いパネルが売られています。
12V系パネルは一人でも苦労なく運べるサイズで、中には取っ手が付いたポータブルタイプもあります。
これらのパネル直結で動作させられれば、電源のない場所での小規模イベントでBGMを流す際に役立ちます。
例えば、小さな公園で行う自治会主催のフリーマーケットのようなイベントです。
会場が住宅地にある場合が多く、ラジカセのボリュームを最大にして流すよりも、スピーカーを分散配置してそれぞれのスピーカーから小さな音量で流した方が好ましいです。

B級アンプをソーラーパネルで動作させると、音に合わせてI-Vカーブに従って電源電圧が激しく暴れ、無音時には解放電圧付近の高い電圧が掛かります。
大きな電解コンデンサを持たせるだけでは足らず、内部で電圧を安定化させたり適切にリミッターをかけたりする必要があります。

以上の4条件を考慮して3段構成で製作した回路図を示します。

プッシュプルエミッタフォロワでAT-405を駆動

ドライバトランスを駆動するドライバ段は、周波数特性と低消費電力を両立できるシングルエンドのプッシュプルエミッタフォロワ(SEPP)を採用しました。
電圧増幅は電流帰還バイアスのエミッタ接地とし、SEPP段とは直結回路としています。
初段+ドライバ段の部分はいわゆる「3石アンプ」そのものであり、ドライバ段の回路でヘッドホンを鳴らせるくらいの性能を持っています。

ドライバ段をプッシュプルにすることで少ない消費電力で、簡単に低出力インピーダンスのエミッタフォロワを作ることができます。
ドライバトランスの一次側入力インピーダンスは、1kHzでは約1.1kΩありますが、100Hzでは約200Ωと低い値になっています。

製作したドライバ段の出力インピーダンスをON/OFF法により測定した結果を示します。
測定電圧は、オシロスコープで読みやすい振幅2Vとしました。
2Vだと、所有しているオシロスコープの0.5V/DIVのレンジでちょうどフルスケールになります。
ドライバ段の出力インピーダンス 製作したドライバ段の出力インピーダンスは、1kHzで23Ωとなりました.
10Ωのエミッタ抵抗を小さくしたり、前段の負荷抵抗3.3kΩを小さくしたりすればさらに下げることはできますが温度安定性が悪くなります。
負荷となるST-32の入力インピーダンスが100Hzで32Ωですから、23Ωはこれより小さい値となっており良しとします。

プッシュプルは大げさ?


回路を見ていると、「たかがドライバ段にプッシュプルは大げさでは?」という疑問が出てきます。
オーディオ回路でプッシュプルというと、イヤホンやスピーカーを駆動するために使われる回路です。
結論としては、エミッタ接地・シングルエミッタフォロワ・プッシュプルエミッタフォロワの3つの候補の候補の中から、周波数特性と消費電力の点でプッシュプルエミッタフォロワが最適でした。

まず、トランジスタラジオのSEPP回路で多く用いられていた、エミッタ接地の負荷としてドライバトランスの一次側を接続する回路と比較してみます。
いわゆる「A級シングル電力増幅回路」です。
調査編で見てきた TA-254 でも採用されていました。
この回路を使うと、電圧増幅とトランスドライブを一体化して1石で済ませることができるという利点がありますが、特性はどうでしょうか。
周波数特性を比較した測定回路と結果を示します。
無帰還にしてドライバ回路の違いによる特性だけを比較したいため、無帰還とし、発振防止コンデンサCbは取り外して対決しました。
A級シングルの動作点は必要最小限の電流となるよう12V動作とし、バイアス電流も必要な出力から理論効率で逆算して決定しました。
ドライバ段をエミッタ接地で組む A級シングルでは6kHzにピークを持つバンドパス特性を示しています。
トランスはインダクタですから低域に行くほどインピーダンスが下がります。
エミッタ接地の負荷として接続すればハイパス特性になるのは感覚通りですが、測定結果では高域も下がっています。

高域が下がる理由は、トランスの機械的な構造により寄生容量が形成されているためと考えられます。
トランスの断面模式図を示します。
導体同士絶縁されて隣り合っていますから、構造としてコンデンサそのものです。
教科書に載っているトランスの等価回路ではRとLしか出てきませんが、これは議論の対象となる50Hz/60Hzでは周波数が低く容量分は無視できるため省略されているものと思われます。
オーディオ帯域では20kHzまで伸びますから、 C_M で示した寄生容量分が無視できなくなってきます。
エミッタ接地の高域特性が悪い理由
以上、A級シングルでは周波数特性が著しく悪いということが確認できました。
例えドライバ段の周波数特性が悪くても回路全体での周波数特性はNFBで補正ができるといえばできるのですが、裸特性は良いに越したことはありません。
ドライバ段で低域が不足する部分で中域と同じ音量を得ようと思ったら、中域に対して低域のドライブ振幅を大きくするひつようがあるということであり、歪むリスクが上がります。
また周波数特性が悪い=オーディオ帯域にポールやゼロを持っているということですので、発振のリスク高まります。

ということでA級シングルは没です。
AT-405 は低インピーダンスのエミッタフォロワで駆動することにします。

次に、エミッタフォロワを使うとなると プッシュプル と シングル があります。
回路がシンプルなシングルエミッタフォロワはどうでしょうか。
シングルはA級増幅となりますから、音量によらず電流が流れっぱなしになり、エミッタ抵抗で無駄に電力を捨てることになります。
一方プッシュプルならAB級動作をしますから、消費電力が少なくて済みます。
使える電力が限られるソーラーパネル駆動を考えると、回路が複雑になってもプッシュプルエミッタフォロワの方が適するという結論になります。

非常に重要な定電圧電源回路

本機は小信号回路部の電源は定電圧化しています。
ハイインピーダンスアンプの特徴及び本機の回路構成上、定電圧電源の役割は安定動作だけにとどまりません。
電源電圧上昇時に出力振幅を制限するためのリミッターとしての役割を兼ねています。
定電圧回路を省略すると発振するだけでなく、最悪スピーカーを破壊したり発熱したりします。

定電圧回路の電圧を決める


小信号部で使うための電源電圧は8.5Vとしました。

出力段のベースには振幅12Vを印加したいですから、AT-405の巻き数比4.9から、600Ω側を振幅2.5V以上でドライブする必要があります。
シングルエンドのプッシュプルドライバとしますから、最低でもピークトゥピーク相当の5Vの電源電圧が必要です。
さらにプッシュプル部はレールトゥレールではありませんから、電源電圧に余裕を持たせないと振幅2.5Vは取り出せません。
上側はエミッタフォロワのVbe(0.6V)は最低でも余裕として必要です。
下側はエミッタフォロワのVbe(0.6V)だけでなく、エミッタ接地段のエミッタ抵抗の電圧降下+Vcesatが載ってきますから、合わせて1.5Vは持たせておきたいです。
以上全て合わせると、
5V + 0.6V + 1.5V = 7.1V以上 の電源電圧を使いたいです。
よって定電圧電源回路用のエミッタフォロワのVbe(0.6V)を考えると、ツェナーダイオードは7.7V以上となります。
また、電源電圧が12Vですから当然ツェナーダイオードは12V未満である必要もあります。
以上の条件を満たす入手性の良いラインナップの中から、後述する出力振幅が大きくなり過ぎないことも考え、9.1Vのツェナーダイオードを選定しました。

定電圧電源回路には、安定動作だけでなく、下記2つの大きな役割を持っています。

定電圧電源の役割1:出力リミッター


今回製作した回路構成では、定電圧回路がスピーカーを保護するための出力リミッターを兼ねています
ハイインピーダンスアンプ特有の問題として、電源電圧が変わっても最大出力電圧が変わらないことが好ましいです。
今回はリミッター回路は設けず、定電圧電源により小信号部の電源電圧を一定にし、小信号部の最大振幅を一定に制限することで最大出力電圧を制限しています。

ローインピーダンススピーカーでは、定格は電力で決まっています。
つまり電圧はバリエーションがいろいろあります。
アンプとしては、電源電圧が高ければ高いほど出力電圧が増えるという特性で問題ありません。
ローインピーダンスアンプICでは、例えば、ICのデータシートを見ると、横軸Vcc、縦軸Poutが載っています。
使うスピーカーのインピーダンスに対して、得たい出力電力を出せる電源電圧をデータシートのグラフを見て決めるといった使い方をします。
逆にバッテリー動作機器のように電源電圧が変動するのであれば、フル充電状態でも壊れないような定格のスピーカーを選定します。

一方、ハイインピーダンスアンプでは定格電圧が100Vrmsと決まっています。
あまりにも高い電圧を印加すると、スピーカー側のマッチングトランスやボイスコイルが発熱したり壊れたりする恐れがあります。
アンプの電源電圧が高くなったからと言って、200Vrmsも出てきては困ります。
何らかの回路で振幅を制限しておく必要があります。

また、出力トランスを最大出力142Vrmsとして選定していますから、142Vrms以下に抑えておかないと予定範囲をオーバーし出力トランスが発熱する恐れがあります。

コンプレッサーやリミッターを設ける方法が素直ですが、今回はせっかく小信号部を定電圧化するので、電源電圧にクリップさせることでリミッターの代用としました。

電源電圧を変化させて、リミッター代用としての効果を確認した結果を示します。
上側のグラフがスピーカー出力電圧、下のグラフが小信号部の電源電圧とSEPPスイング範囲です。
電源電圧とドライバ段出力範囲の関係も見ておきたいため、ドライバ段関係はDCカップリングで測定しました。
下段のドライブ電圧測定は、NFBがかかっているとドライブ波形が歪むため(波形は後述)無帰還にして測定しました。
定電圧回路による出力制限
まず出力電圧ですが、電源電圧を22Vまで変化させても、まともに聴くことができる「波頭が丸まらない電圧実効値」は130Vrms程度で制限できています。
dBで言うと定格+2.3dBで、調査編で見てきた市販アンプマージン+3dBより小さい値になっており、スピーカーが壊れることは無いと思われます。

また、3-2章でトランス選定時に損失を全無視して計算したハイ側最大電圧は142Vrmsでした。
(ロー側最大電圧 12Vpeak / √2 = 8.5Vrms 巻き数比 6V : 100V より) 130Vrmsでリミッターが掛かれば142Vrmsを想定したトランスであれば電流は余裕が生まれる方向であり問題ありません。


22Vは12V系の独立型太陽光発電システムで用いられるパネルの解放電圧に近い電圧であり、ソーラーパネル直結でも音が割れない範囲で使えば安心して使用できると言えそうです。

「クリップ電圧実効値」は150Vrms、dBで言いうと定格+3.5dB程度となります。
クリップ直前は波形は丸くなってしまいますが、正弦波と近似してピークトゥピークを2√2で割った参考値として描いています。
連続的に「クリップ電圧」レベルまで上げたら歪でまともな音になりませんが、ドラムスのような瞬発的な音、いわゆる「ミュージック・パワー」ならば「クリップ電圧」まで出る可能性があります。

続いて電圧が低い場合を見ています。
電源電圧が~7V台と低すぎるとドライバ段の動作点が狂って激しく歪みます。
~14Vまでは、出力段が先にクリップし出力電圧が制限され、14Vを超えるとドライバ段がクリップすることで出力電圧が抑えられます。
定電圧回路は10V程度から効き始めています。
定電圧電源の電圧を考える際、電源電圧と+側クリップ電圧との余裕は0.6Vで見積もっていましたが、実測では約1V程度の余裕が必要なようです。
SEPPドライバ段のNPNトランジスタにベース電流を供給する3.3kΩにかかる電位差が小さくなりすぎるとベース電流が不足し、ドライブ電流が不足することで「波形の頭が丸くなる」ように見えたものと思われます。

「出力段が先にクリップ」・「ドライバ段が先にクリップ」について、少し補足しておきます。
ドライブ波形と出力波形をACカップリングで同時に観察した写真です。
電源電圧は、10V・15Vです。
定電圧回路による出力制限時の波形
出力段が先にクリップする場合は、出力波形の頭が平らになるような形になります。
NFBが何とか波形を正弦波に成形しようと頑張るため、ドライブ波形は出力波形と異なり、ピーク付近で急に増加するような形になります。
一方、ドライバ段が先にクリップする場合は、出力段とドライバ段波形は似たような形になります。

定電圧電源の役割2:モーターボーティング発振防止


今回製作した回路構成では、電圧増幅段のベースバイアスを電源から抵抗分圧回路で作っており、小信号部の電源を定電圧化しておかないと電源電圧変動により正帰還がかかり超低周波発振をすることがあります
この超低周波発振のことを「モーターボーティング」と呼ぶそうです。
今回は電源としてインピーダンスの高いソーラーパネルも想定していますかから、特に問題になります。

消費電流変化→電源電圧変化→バイアス回路を通じ電源電圧変動が入力信号として入る→消費電流変化→発振という動作です。
音としては「ボッ、ボッ」と繰り返し聴こえ、電源のコンデンサを変えると周波数が変わるという特徴があります。
小信号部を定電圧化しておけば、電源電圧変動を断ち切れますから、モーターボーティング発振を防止することができます。

また、 電源にリップルが含まれると、モーターボーティング発振と同様に初段のベースバイアス回路を通って入力端子に入ってしまい、ノイズとして聴こえてきます。
ツェナーダイオードだけでもかなりリップルは抑えられますが、当然ツェナーダイオードのI-V特性の傾きは無限大ではありませんからリップルをゼロにはできません。
リップルフィルタ
そこで、ツェナーダイオードに並列にするノイズ防止コンデンサにリップルフィルタの役割も持たせました。
100μFと大きめな値を使い、電流を流すための2.2kΩと合わせて0.72HzのLPFを構成しています。
ツェナーダイオードを取り外すと、良く知られたエミッタフォロワ型のリップルフィルタ回路となります。
50Hzの商用電源をブリッジ整流した際の100Hzのリップル周波数に対し、LPFの遮断周波数1/100以下(1Hz以下)を満足する値を入手しやすいE3系列の電解コンデンサから選びました。

ソーラーパネル直結動作させるために

本機の市販のハイインピーダンスアンプで一般的な24Vよりも低い電源電圧で動作する特徴を生かし、野外イベントで簡易PAとして使えるよう、ソーラーパネル直結で動作させられることを考慮した電源回路構成としています。

B級アンプと相性の悪いソーラーパネル


ソーラーパネル直結動作は、音量に合わせて消費電流が時々刻々と変化するB級アンプと相性が良くありません。
ソーラーパネルの特性上、音量に合わせて電源電圧が激しく暴れます。
所有しているソーラーパネルの電流-電圧特性例を示します。
ソーラーパネルのIV特性例
多くのパネルのカタログやラベルには、標準試験条件で測定された4つので電圧・電流がパラメータが書かれています。
公称最大動作電圧(Vmp)・公称最大動作電流(Imp)・解放電圧(Voc)・短絡電流(Isc)です。
公称最大動作電力(Pmax)はVmp×Vmpです。
これら以外の場所は、グラフのような形になっています。

B級アンプでは音量が上がると消費電流電流が増えますが、ソ―ターパネルは負荷電流が公称最大動作電流(Imp)を超えると急激に電圧が下がります。
バッテリーが付いていればバッテリーから給電されますが、バッテリーレスでは頼れるのは電解コンデンサだけです。
バスドラムのような大きな信号が入った際、電解コンデンサで対応しきれないと、アンプにとっては一瞬電源を切るに等しいような状態になります。

電源電圧が低下した際、DEPP段出力段はプッシュ・プル共に電源電圧がコレクタ・負荷がエミッタという対称な構成ですから、上下対称にクリップし「音が割れている」程度の我慢できる歪です。
一方、SEPPドライバ段以前は回路構成が上下非対称であり、電源電圧が低下すると波形も上下非対称にクリップします。
波形は大きく崩れ、まるでDCオフセットが加わったかのような状態になり、まともに鳴りません。
さらに電圧が低下し、定電圧電源で変動を抑えきれないとモーターボーティング発振します。

水筒くらいのサイズがある電解コンデンサをソーラーパネルと並列に取り付けておけば電圧安定化できますが、サイズも値段も桁違いで現実的ではありません。
ここから、出力段は瞬時カットオフしてしまうことを前提とし、ドライバ段以前を以下に安定動作させるかを考えた回路としました。

ポイントはダイオード


ディスクリート時代のトランジスタラジオでは、出力段の電流変動による電源電圧変動が前段に悪影響を及ぼさないように、C-RによるLPFが電源に挿入されていました。
調査編で見てきた TA-254 でも、ドライバ段の電源に100Ωと1000µFによるLPFが挿入されています。
しかしC-R型のデカップリングは、当然ながら出力段側の電圧が下がった際はコンデンサから逆流します。
ラジオのマンガン電池との異なり、ソーラーパネルでは数V付近まで電圧が下がってしまいますから、逆流してしまってはデカップリングの意味がありません。
ソーラーパネルの電圧が下がっている間、電解コンデンサにより小信号回路が安定動作し続けることが求められます。

そこで抵抗を逆流防止ダイオードに置き換えます。
デカップリング回路
電解コンデンサを小信号部のための小さなバッテリーと捉える考え方がポイントです。

ソーラーパネルでバッテリーを充電する際は、夜間に逆流しないよう逆流防止ダイオードを付けます。
バッテリー電圧は充電状況により、12V鉛蓄電池で数V変化しますから、電圧がシビアな回路は別途定電圧回路を設けます。
この考え方を応用します。

ソ―ターパネルからバッテリー代わりのC2をダイオードを通して充電し、多少電圧変動しても構わないドライバ段のSEPPエミッタフォロワはC2から給電します。
安定した電源電圧が必要な小信号部は、C2からさらに定電圧回路を通して給電します。
大音量を出してソーラーパネルの電圧が下がった場合は、C2から小信号回路の電源を供給します。

出力段のDEPPエミッタフォロワについては、ラジオの回路同様に電源から直接給電します。

C2の容量は大きすぎると復帰に時間がかかり、小さすぎると意味がありません。
先ほどリミッターの節で測定した電源電圧と小信号部電源電圧の関係から、今回の回路では電源電圧10V程度から定電圧電源が効き始め小信号部の電圧が安定することが分かります。
よって、バスドラムが鳴っている間にソーラーパネル電圧が数Vまで下がっても、C2の電圧が10V以上を保てていれば良いということになります。
電圧低下している時間が分かればコンデンサの式を使えば電流と容量で計算できますが、時間はソースによって異なります。
そこでラジオや音楽を鳴らしながらトライ&エラーをしたところ、12V系独立型太陽光発電システムでよく用いられるVmp=18Vのパネルでしたら、C2 = 3300μF以上あればよさそうです。
小信号部は実測で約17mA消費していますから、3300μFを付けた場合 (1/C)∫idt より1秒あたり約5.2V電圧低下する計算になります。
Vmp=18Vのパネルならば1秒程度は持ちそうです。

ソーラーパネルでの動作例


実際にソーラーパネルで動作させた際の波形例を紹介します。
実験に用いたパネル
実験に用いたパネルです。
I-V特性例でも登場したOSSM-SF0012です。
12V系システムを想定した、18V 12Wのパネルです。
効率を考えると、ソーラーパネルが負けます。
2021/8/10 14:20頃に実施しました。
負荷は、10kΩの純抵抗×9 + ハイインピーダンススピーカー×1の1kΩ負荷です。
音源はFMラジオのCMです。音楽・トーク・低域の効果音が入っていてテストに最適です。
ソーラーパネルでの動作波形
電源波形例です。
波形がギザギザしているのは、30年前のデジタルストレージオシロ(CS-8010)のストレージ機能を使っており、サンプリングが荒いためです。

ソーラー電圧が3V~20V付近まで暴れても安定に動作しており、狙い通りの動作となりました。
バスドラムが鳴って出力段電圧が3Vまで落ちてもSEPPドライバ段電源は10V以上を維持できており、小信号部電源も8.5Vで安定しています。
一番の懸念であるモーターボーティング発振も起きません。
出力段電源電圧が下がっても小信号部が動作しているため電池のないラジオのような歪み方ではなく、出力段のみがクリップしギターのオーバードライブのような歪み方になります。
ボリュームを上げ過ぎて連続的に大音量を出し、ドライバ段電圧が9Vを下回ると小信号部電圧は8.5Vを維持できませんが、ドライバ段電圧が9Vを下回るほどC2が放電する音量まで上げたら出力段が歪んでまともな音になりませんので、実用上は想定しなくてもよさそうです。

ドライバトランスの結合部

ドライバ段とドライバトランスの結合部はRLC直列回路となっています。
これがNFBループの中に居ますから、いかにも発振しそうです。

ドライバトランス結合部
ここを発振器にしないために、次のような検討をして作りました。

2次遅れを音声帯域より下に設定


直列回路は素子の順番を入れ替えられますから、見やすいように入れ替えました。
Cdとトランス(インダクタ)ですから2次のハイパスフィルタです。
2次遅れになると完全に位相が反転し、負帰還は正帰還に化けてしまいます。
正帰還になると、トータルゲインで発振条件を満たさず発振まで至っていなくても、当該周波数の信号が入力された際に共振しリンギングが発生したり不自然にブーストされて聞こえたりします。
よって、音声帯域で2次遅れを作らないようにしておく必要があります。

カットオフ周波数で位相は90°回りますから、LCフィルタのカットオフ周波数を数十mHzといったトランスを通過できないほど低い周波数にしておけば安心です。
しかし、数十mHzを狙おうとするとカップリングコンデンサの容量が大きくなりすぎてコンデンサが大型・高額になりますから、現実的に「少なくとも音声帯域よりは下」、つまり20Hzより下に設定することとしました。
フィルタのカットオフ周波数 f = 1/2π√LC Hz ですから、
C > 1/L(2πf)^2 F となります。
AT-405の一次側インダクタンスはカタログ値 190mH±20%
Lは分母に居ますから最小値を採用し 152mH
2個並列ですから 76mH となります。
f < 20Hz とすると、 C > 833µF が条件として出てきます。
E12系列から C = 1000µF を選択しました。

RLC直列回路を振動的にしない R > 2√L/C

そもそもRLC直列回路が振動してしまっては信号源になってしまいます。
コンデンサの電荷をQ、電源電圧EとしたときのRLC直列回路の回路方程式
Ld^2q/d^t2 + Rdq/dt + q/C = E
の特性方程式が実数解を持つように設定すれば良いです。
特性方程式は
Lp^2 + Rp + 1/C = 0
判別式は
R^2 - 4L/C ですから、判別式が正になる値であればよいです。
よって R > 2√L/C が条件となります。
Lは分子に居ますから AT-405の一次側インダクタンスはカタログ値 190mH±20%
より最大値を採用し L = 228mH
Cは先ほど決めた C = 1000µF とすると
R > 30.2Ω が条件となります。

ドライバ段の出力インピーダンス 32Ω の時点で満足していますから、追加抵抗Rdは自由に調整してOKとなります。

抵抗Rdをチューニングする

発振が止まりかつ音が悪くならないよう、トライ&エラーで決めていきます。
3章での入力インピーダンス周波数特性の実験で、トランスの前段のトータルでの出力インピーダンスは100Ω以下が良さそうと分かりました。
ドライバ段の出力インピーダンスは32Ωですから、
Rd = 100 - 32 = 68Ω からスタートし、発振しない所までトライ&エラーで下げていくのが楽でした。
Rdが小さいと低域の発振が見られます。
発振する手間であっても、サイン波を入力し周波数を下げていくと波形が揺らぐような動きをします。
私の環境では Rd = 33Ω となりました。

位相補償コンデンサとZobelフィルタ

負帰還を掛けますので位相補償が必要です。
位相補償コンデンサは、ミラー効果を用いてエミッタ接地段に入れてのが一般的ですが、本機ではエミッタフォロワの発振防止も兼ねているためDEPP出力段のベース・GND間にCbを挿入しています。
トライ&エラーで発振しない所まで追い込んでいくと0.01µFとなり、スルーレートが音量を上げた時に高音が出ないのが耳で聴いて分かります。
そこで位相補償を軽くして何とか発振を止めることを試みます。
Zobelフィルタが効くそうなので試してみます。
トランス式アッテネータを通したり長いスピーカーケーブルを用いたりすると数10kHzで激しく発振しますから、負荷のインダクタンスが上がると発振していると推定できます。

Zobelフィルタで行き場をなくした高域のエネルギーを抵抗に消費させ、高域のインピーダンスを下げてあげれば、長いケーブルやアッテネータがあっても見かけ上短いケーブルで直結しているように見え安定すると期待できます。

Zobelフィルタの抵抗はアンプの定格である1kΩとしました。抵抗はパワー用を選択する必要があります。
ただし、正弦波の高音を連続で鳴らすことはしませんから10Wある必要はありません。
私は手持ちの3Wの抵抗を選択しました。
Zobelフィルタのコンデンサはカットオフ周波数を20kHzとして計算すると 7958pF となりますから、E12系列より8200pFを選択しました。
Zobelフィルタのコンデンサには出力電圧が掛かりますから、マージンを見て200V_AC以上の高い耐圧が必要です。
私はブラウン管テレビから取った1.6kV耐圧の物を使っています。

Zobelフィルタを付けたら長いスピーカーケーブルやトランス式アッテネータを付けて発振しやすい状況を作り、オシロを見ながら発振せずかつ大音量時の高域減衰が気にならないCbを再度トライ&エラーで探ります。
私の環境ではCb=3300pFとなりました。

出力トランスをNFBに含めない「安定優先モード」

本機では、スピーカー回線との相性が悪くてどうしても発振が止まらない場合のために、「安定優先モード」を用意しています。
出力トランスをNFBループの外に出すことで、NFB内に存在する位相が回る要因を1つ減らす作戦です。
NFBループ内に出力トランスが入らないことで、アッテネータを操作するといった負荷に応じた位相回転の影響を受けづらくなります。

ただし、出力トランスの特性による音質劣化はNFBで補正することができなくなりますので、安定とトレードオフして高音域の音質が犠牲になります。
具体的には、巻き線のインダクタンスとスピーカーが形成するLPFをNFBで補正することができず、負荷抵抗が小さいほど高音が出なくなります。

また、半サイクルはエミッタ抵抗から直接NFBがかかり、もう半サイクルはトランスの誘導電圧でNFBが掛かりますから、NFBのかかり方が上下非対称になり歪も増えます。

7 ハイパスフィルタ

前章で製作したオーバーオール帰還回路ですが、実用するためにはオーバーオール帰還を持つパワーアンプ部に入る前にハイパスフィルタを挿入することが必須になります。

3-2章で計算した「70Hz以下は磁気飽和する可能性がある」という理由はもちろんですが、NFBの作用のためにもう一つ問題が発生します。
NFBは周波数特性を改善する薬ですが、トランスが帰還ループに入っているため副作用が出てきます。

NFBの副作用

トランスは直流を通さない、一種のHPF(ハイパスフィルタ)です。
ここで問題が発生します。
重低音を入力してしまうと、磁気飽和してどんなに頑張っても出ない重低音域を何とか出そうとNFBが頑張ります。
NFBがトランスでの低域減衰を補正しようと頑張ることで、内部的にバスブーストがかかってしまい、やがてクリップしてしまいます。
フィードバックループがロー下がりの特性を持つ、バスブースト回路そのものですね。

それでは、製作した回路でNFB副作用により重低音がクリップする様子を見てみます。
NFBの副作用で重低音が歪むドライバ段
10kΩ負荷(1Wスピーカー相当)、100Hzのサイン波にて出力がクリップしないギリギリの電圧(約120Vrms)に入力レベルを調整し、同じ入力レベルのまま25Hz間で周波数を下げた際の波形を比較しました。

100Hzと25Hzは同じ入力レベルですが、ドライバ段波形を見ると25Hzは波形がクリップするほど振幅が大きくなっており、激しく歪んでいます。
磁気飽和してトランスを通過できない25Hzを何とか出そうとNFBが頑張るものの、電源電圧に引っかかってクリップしています。
NFBが重低音を通せないトランスの特性を相殺し、出力端子をフラットに近づけようとするために、Vdr点に内部的なバスブーストを掛けていることが良くわかる画像です。

100Hzでは、ベースに入ってきた音声信号とエミッタにNFBで戻ってきた信号が減算されて適正電圧になっています。
一方、トランスを通過できない25Hzはエミッタに綺麗な形で戻ってこられませんから、重低音に関しては差し引かれる分が小さくなります。
結果、大きな信号電圧がベース・エミッタ間に掛かります。
以上により、内部的にバスブーストが掛かります。

電源電圧は無限ではありませんから、音量を上げていくと大きな重低音信号クリップしてしまいます。
磁気飽和による低音の歪だけでは済まず、磁気飽和によりNFBがかからなくなり初段がクリップして中高域含め増幅できなくなり、結果的にバスドラムが入るたびに音飛びするように聴こえます。

よって、ドライバ段の部分では内部的にバスブーストされることを前提にオーバーオールNFBパワーアンプに入る前に、HPFで重低音域をしっかりとカットしておく必要があると分かりました。

音楽再生の場合はもちろん、マイクしか使わない予定であっても環境音(空調の音など)や風がかかった際の音など、HPFがないと重低音が入力される可能性はあります。
30Hz付近の環境音はマイクが拾っていても歪まなければスピーカーからはほとんど聞こえませんが、歪むと途端に「ブボボボボボ」という耳障りなノイズになって聴こえてしまいます。

市販品のアンプでも、オーバーオール帰還を持つパワーアンプ部に入る前にHPFが入っています。
例えば調査編で見てきたPA-1230Aでは、初段のカップリングコンデンサが0.47µFと小さな値を使っています。
初段エミッタ接地の入力インピーダンスは約8.2kΩであり、入力カップリングコンデンサの値から計算すると約41HzのHPFとなっています。

別のアンプとして、ブロック図が公開されている現行型デジタルアンプ WA-HA031 を見てみても、PA(パワーアンプ)の手前にHPFが設けられています。

フィルタの特性を検討

それでは、ハイパスフィルタの特性を検討していきます。

まず、フィルタの種類はバタワース型とします。
バタワース型は、通過域に変なピークがなく、減衰域も直線的な素直な特性であり、オーディオに適しています。

次に遮断周波数と次数を検討します。
HPFに求められる役割は、出力トランスを磁気飽和を防止することです。
遮断周波数については、3-2章での磁束の計算から、70Hz付近が1つの目安になりそうですが、問題は次数です。
計算しようとすると頭が痛くなりますので、3-6章で測定した無負荷消費電流のグラフを1kHzに対する増分としてdB表示にして考えます。
dB表示した無負荷消費電流
70Hz付近から傾きが急峻になり、40Hz付近で完全に磁気飽和しています。
傾きについては、最大で46dB/decとなっています。

まず遮断周波数は70Hzより高い周波数にしたいですが、余裕を持たせすぎて遮断周波数を高くし過ぎるとスカスカの音になってしまいます。
トランスの選定時から目安としているエレキギターの最低周波数82.4Hzを目安とし、遮断周波数は80Hzを狙うことにします。
次数は、減衰特性の傾きを46dB/decより大きくできる最小の次数を選択します。
バタワースフィルタとしますから、減衰特性の傾きは次数をnとすると20n(dB/dec)です。
ここから46dB/decより大きな傾きを満足する最小の次数を考えると、次数は3次(60dB/dec)となります。
スピーカー分野でよく使う単位で言うと、18dB/octです。

3次アクティブフィルタ

フィルタの特性が決まりましたから、続いて実装してきます。
回路は様々な方式が知られていますが、今回はCRによる1次フィルタと、サレンキー型の2次アクティブフィルタを組み合わせた回路としました。
OPアンプ回路として良く知られている回路ですが、OPアンプの使い方はボルテージフォロワであり、トランジスタのエミッタフォロワに置き換えることができます。
今回作るアンプは単電源動作ですから、OPアンプで作るにしても直流バイアス回路が必要になります。
トランジスタに置き換えてもエミッタフォロワですから、思ったほど回路は複雑になりません。
むしろディスクリートトランジスタの方が、2回路入りOPアンプよりも基板上の配置の自由度が高く、組み立てが楽です。
アクティブハイパスフィルタ ※アクティブフィルタ・バタワースフィルタについては、書籍やwebサイトが沢山ありますから、本ページでの説明は省略します。

上記のディスクリート回路をもとに、E12系列縛りで80Hz狙いでハイパスフィルタを製作しました。
RLはパワーアンプ部の入力インピーダンスとなりますので、実測した値を使いました。
製作した回路と周波数特性を示します。
製作した80Hz・3次バタワースフィルタ
パワーアンプ部で製作した定電圧電源回路を共用できるよう、電源電圧は8.5Vとしました。
エミッタフォロワは1段目・2段目とも全く同じ回路です。

遮断周波数(-3dBとなる周波数)は約78Hzで、狙い通りになっています。
カーブは若干丸まっている(ベッセル寄り)ように見えますが、周波数特性に目立つピークやうねりは出ていません。
音を聴いた感じもピーク感や歪感はなく、狙い通りのフィルタができたと言えます。

2H-243 などの 200V:24V トランスを使用する場合は磁気飽和する周波数が低くなりますから、カットオフ周波数を40Hzにすることができます。
Cin = 0.15µF
Chpf = 0.33µF
とします。

フィルタの効果を確認

入力電圧一定で周波数を変化させた場合の無負荷消費電流を、フィルタがない場合と比較します。
磁気飽和による低域での急激な電流の増加が見られなくなっていれば成功です。
HPFがある場合の無負荷消費電流
もはや何も説明する必要はないですね(笑)
これなら出力トランスを磁気飽和させて燃やす心配なく、安心してフルボリュームで鳴らすことができます。
20Hzまで下げていっても波形が崩壊することもなく、バスドラムが音飛びっぽく聴こえることもありません。

なお、フィルタの遮断周波数である80Hz付近をピークとするような特性を示している理由ですが、これはフィルタの減衰特性がトランスの磁気飽和による電流増加特性の傾きを上回るためです。
磁気飽和する部分ではトランスの46dB/decの電流増加特性よりも大きな60dB/decの傾きを持たせましたから、両者が重なり合うとフィルタによる電圧減少が勝ち、フィルタが効く周波数帯域では低域に行くほど消費電流が低下します。
フィルタが効かない範囲では入力電圧は一定になり、トランスはコイルですから低域に行くほど消費電流が増加します。
以上2つが80Hz付近で交差することで、80Hz付近をピークとするような特性を示します。

参考文献・サイト

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CQ出版社,2012年
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CQ出版社,1991年
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CQ出版社,1991年
04. 青木英彦; アナログ回路の設計・製作
CQ出版社,1989年
05. 加藤大 他; トランジスタ技術SPECIAL No.134 実践式!トランジスタ回路の読み解き方&組み合わせ方入門
CQ出版社,2017年
06. 青木英彦 他; トランジスタ技術SPECIAL No.154 達人への道 電子回路のツボ
CQ出版社,2017年
07. 変圧器の電圧変動率と損失および効率計算 | 音声付き電気技術解説講座 | 公益社団法人 日本電気技術者協会
変圧器の等価回路と、変圧器での損失に関する解説が載っています。
https://jeea.or.jp/course/contents/05101/
08. 漆谷正義他; やってはいけない! アナログ回路設計
エミッタフォロワの高周波発振対策について載っています。
※リンク先から 3章 のpdfをご覧ください
https://www.cqpub.co.jp/toragi/TRBN/contents/2005/tr0511/TR200511.htm
09. 関野敏正; インピーダンス測定器の測定原理と使用上の注意点
応用物理 2001年 70巻 11号 p.1340-1343
※リンク先からpdfをご覧ください
https://www.jstage.jst.go.jp/article/oubutsu1932/70/11/70_11_1340/_article/-char/ja
10. 定格周波数60Hzにて設計製作された変圧器を50Hzにて使用した場合の問題点について | 電力機器Q&A | 株式会社ダイヘン
50Hz/60Hzで設計されたトランスを流用する際の磁気飽和について計算できる式が載っています。
https://www.daihen.co.jp/products/electric/faq/how/q26.html
11. 交流インピーダンス測定の目的や原理:LCRメーターの基礎知識(1)(5/6 ページ) - EDN Japan
入力インピーダンスの測定に使用した、I-V法によるインピーダンス測定方法が載っています。
https://ednjapan.com/edn/articles/2012/14/news012_5.html
12. 周期スイープを用いた周波数特性の測定について
フリーソフトWaveSpectra WaveGene を用いて周波数特性を測定する、ソフト制作者様公式のマニュアルです。
https://efu.jp.net/soft/wg/fresp/meas_fresp.html
13. WaveSpectraを用いた歪率の測定について
フリーソフトWaveSpectra WaveGene を用いて歪率を測定する、ソフト制作者様公式のマニュアルです。
https://efu.jp.net/soft/ws/dist/meas_dist.html
14. (付録4)トランスの測定と理論
トランスについて理論的な内容がまとめられていいます。
http://asaseno.aki.gs/germanium/Appendix04.html
15. 「宮崎技術研究所」の技術講座「電気と電子のお話」6.1.(3)
アクティブフィルタ1。
http://www.miyazaki-gijutsu.com/series4/densi0612.html
16. 「宮崎技術研究所」の技術講座「電気と電子のお話」6.1.(3-C-e)
アクティブフィルタ2。
http://www.miyazaki-gijutsu.com/series4/densi0612a.html
17. 【英語】 A Paul Kemble web page - TOA VP-1240 public address amplifier.
海外向けハイインピーダンスアンプ TOA VP-1240 アンプの内部回路が載っています
https://paul-kemble.tripod.com/sound5e.html
18. 【英語】 High Voltage Audio
ハイインピーダンス放送設備について物凄く詳しく解説されています。
https://sound-au.com/articles/line-amps.html